マタルが連れていかぬよう

朝はとても晴れていたのに。なんて、どんよりとした曇天の空を見上げて、溜息を吐いた。
結野アナの天気予報をもっと真面目に聞いておけば良かった。銀さんと神楽ちゃんがおかずの取り合いをし出して、それどころじゃなくなってしまったのだ。雨に濡れたら銀さんのせいだからな! とか人のせいにしたのが駄目だったのかもしれない。

「あー……。降ってきた」

遂に耐えきれなくなった雨粒が、薄暗い雲からポツポツと落ち始める。万事屋まではまだまだ距離がある。走った所で意味はないだろうと、周りがバタバタ走り出すのを横目に、そのまま歩くことにした。
半分くらい来たところで、雨が本降りになってくる。これは、走ったら間に合ったかもしれない。失敗した。ツイてないなぁ……。

「おじょーさん。なに、ひとり?」
「はぁ、まぁ、ひとりですけど」

後ろから声を掛けられて、適当に返事をする。誰だよ。こんな雨の中ナンパか? と視線を向けて、目を瞬いた。見知った銀色がそこに立っていたのだ。思わず足を止める。

「なーにしてんの? お前」
「銀さんこそ」
「傘忘れた」
「私もです」
「そこはさぁ、傘持って迎えに来てくれる所だろーが」
「そのセリフ、そっくりそのまま返しますぅ」

くるくるの天パが雨を吸って重そうで、いつもよりは落ち着いて見える。それをぐしゃぐしゃと乱して、銀さんは溜息を吐いた。

「風邪ひいても知らねぇからな」
「えぇー、看病して下さい」
「ひかないようにしなさい。ったく、けーるぞ」
「はーい」

然り気無く車道側に立って歩き出した銀さんに倣って、私も歩き出す。

「帰ったら風呂だな」
「ですね」
「一緒に入っちゃう?」
「良いですよ」
「マジでか!?」
「銀さんは洗面所。私はお風呂場。いっせーの、せ! で一緒に入りましょう」
「銀さんが思ってた一緒じゃねぇわ。しかも俺洗面所なの? 頭しか暖まらなくね?」
「銀さんなら大丈夫ですよ!」

親指を立ててサムズアップする。おまけでウィンクまでつけておいた。銀さんが凄い顔で見てくる。それに、苦笑した。

「冗談ですよ。先にお風呂入ります?」
「あ? あー……。良いよ。お前先入れば? 銀さんその後で楽しむから」
「なにを? 止めてください。えっち」
「男は皆えっちな生き物なんだよ」
「さいてー」

なんて軽口を叩き合っていれば、急に銀さんが私に覆い被さるように両手を広げて止まる。驚いて私も足を止めた。
瞬間、バシャア!! と結構な量の水が銀さんの背中に直撃した。車が通り過ぎていくのが目の端に映る。どうやら水溜まりの水が車のせいで、ダイナミックに跳ねたらしい。
無言である。無言で銀さんがじっと私を見下ろしてくる。なぜ。車に文句の一つでも言いそうなのに。

「だ、大丈夫ですか?」
「おー、俺はな」
「私も大丈夫ですよ。というか、そんな。もう既にビショビショなのに?」
「空から落ちてくんのと、水溜まりのじゃちげぇだろ」
「そうですか?」

銀さんは息を吐くと、わしゃわしゃと私の頭を撫でた。髪が乱れたのを見て、やべっという顔をする。あわあわと元に戻そうと奮闘し出した。
この人は、いつもこうだな。盾にも傘にもなってくれなくて良いのに。なんて、言った所でこの人は手の届く範囲であれば、体が勝手に動いてしまうのだろうなぁ。
ボタボタと水を留めておけなくなった着物から、雫が落ちていく。滴るそれが一瞬、赤く見えて眉根を寄せた。

「おおお、おい。そんな怒らなくてもよくなぁい? 結構戻ったって! 可愛いって!」
「銀さん」
「はい!?」
「やっぱり一緒にお風呂入りましょうか」
「は?」
「雨は嫌いです」

銀さんが少し屈んで私の顔を覗き込んでくる。やる気のない瞳がじーと様子を窺うように見てくるので、思わず視線を逸らしてしまった。
「しょーがねぇな」そんな言葉と共に、手が差し出される。それに、きょとんと目を瞬いた。意図が分からず、逸らした視線を銀さんに戻す。

「ほら、あれだよ。あれ、」
「どれ」
「滑って転んだらあれだろ。だから、あれだよ。あの、あれ」

だから、どれだよ。そう心の中で突っ込みつつも手を繋ぐ。銀さんは一瞬目を丸くしたけど、直ぐにフッと破顔して、しっかりと私の手を握ると歩き出した。
それに引っ張られるように、私も歩き出す。どうやら今日は、私の傍にいてくれるらしい。離れないように、手を繋いでくれている。
ふと、雨の中に遠ざかっていく見慣れた銀色が見えて、目を細めた。あぁ、消えていく。見えなくなっていく。行かないで。無事でいて。
名前を呼ばれて、肩が跳ねた。見えていたはずの背中が雨に溶けて、目を瞬く。ぎゅっと力が入った大きな手に、現実に引き戻される感覚がした。

「銀さん?」
「どこ行く気なんだか」
「何ですかそれ?」
「べっつにぃ?」
「どっか行くのは銀さんでしょ」
「行かねぇよ、どこにも」
「私だって」
「じゃぁ、握ってろ。しっかりな」

やる気無さげにそう言って、銀さんはちょっと早足になる。小走りになりながら隣に並んで、銀さんを見上げた。目が合う。瞳に滲んだ優しさに、何でか泣きそうになった。

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