ヤロ・プペンよ花開け

春の暖かな地球に別れを告げ、宇宙に戻ってきてから早1週間。私は地球で買った鉢植えを自室で眺めていた。
鉢植えの前にしゃがみ、ひょこりと出ている双葉を繁々と観察する。買った時よりも少し大きくなってきた。双葉の真ん中から新しい葉が出てきている。

「うーん……」

しかし、問題がある。ここは春雨の艦隊の中。宇宙を進んでいるのだから、陽の光がない。まぁ、夜兎である私達には丁度良いのだけれど。植物にはどうなんだろうか。一応、室内でも育ちますよとは言われたけど。

「心配だ」

なんて呟いた瞬間、扉が吹き飛んだ。ドガシャァン! と凄まじい音がして、扉だったモノからひょこっと顔を覗かせたのは、我が団長様。勘弁してください。

「何してんの?」
「団長、何で扉破壊したんですかね。止めてくれません? 普通に入ってきてくれません?」
「扉なんてなかったよ」
「マジですか。私の目が可笑しくなったのかな」
「そうでしょ」

我が物顔で部屋へと侵入してきた団長は、私が見ていた鉢植えに視線をやる。ニッコリと笑みを浮かべると、物凄い棒読みで「こいつは驚いたー」と言い出した。

「何がですか」
「お前にそんな趣味があったなんて知らなかったよ」
「花を愛でるのは変ですか」
「それ、花なの?」
「今はまだ芽ですけど、花が咲くって」
「へぇ」

団長は私の隣にしゃがむと、鉢植えをじっと眺める。そもそもこの人、何しに私の部屋に来たの? 扉破壊しに来ただけだったらどうしよう。嫌がらせかな。

「団長は何の用で私の部屋に?」
「用なんてないよ」
「嘘だろ」
「ただ、」
「……?」
「最近、部屋に篭って出てこないって阿伏兎達が煩かったから、生存確認しにきてやったんだろ?」
「いや、朝食堂で会いましたけど?」
「そうだっけ? 覚えてないや」
「えぇー……」

確かに、暇があれば鉢植えを眺めてる気はする。こんな宇宙の中にいては、仕事以外にすることもないし。緑は癒しである。
まさか、心配されてるとは思ってなかった。阿伏兎さん達は意外と過保護だ。年頃の娘を持った父親かな?

「これって、何が咲くの?」
「さぁ?」
「……お前って馬鹿だよね」
「いや、忘れちゃって。何て言ったかな。春の花だって。“春の芽だよ姉ちゃん”って勧められたから買ったんですけど」
「春の芽?」
「はい。良い香りのする花が咲くらしいですよ。楽しみです」

団長は興味があるのかないのか。いや、なさそうだな。何とも適当な相槌が返ってきた。

「お前みたいな?」
「はい?」
「良い香りの花なんだろ」
「花はね?」
「お前の匂いは好きだよ」
「香りって言えよ」

団長はまたニッコリと笑うと、急に私のお腹に手を回して抱え上げた。朝御飯が出そうになって、何とか耐える。止めて欲しい。本気で。乙女になんて事をするんだ。
そのまま後ろに倒れるからビックリして変な声が口から出た。けど、思っていた衝撃はなくて、ポスンッと団長の膝の上に着地する。倒れたのではなく、座ったらしい。私のベッドの上に。何でだ。
は? という気持ちを全面に顔に出しながら団長を見る。団長はそんな私を無視して、お腹に手を回したままスンスンと首元を嗅ぎ出した。逃げられない。

「はぁあぁ!? 何してんですか!?」
「煩いなぁ」
「発情期か!?」
「そうかも」
「え……」
「ん?」
「ままま、なになになに、いややや、離してください。離せ」
「んー……やだ」

やべぇ、貞操の危機に瀕している。阿伏兎お父さぁあん!! じたばたと暴れてみたけど、流石に団長の力に敵う筈もなく。ずっとスンスンされてる。やだ、何これ。ちゃんとボディーソープの良い香りかな。大丈夫かな。

「声から忘れるんだろう」
「はい?」
「お前が言った」
「あー……。そういえば、そんな話しましたね。人は声から忘れていくらしいって」
「すぐに忘れそうだからね」
「私のことをですか?」
「だから、覚えておいてやろうと思って」
「最後まで香りは忘れないから?」
「うん」

急にどうしたんだ、この人は。そんなの気にしないでしょうよ。というか、そんな話聞いてないと思ってたのに。覚えていた事に驚いた。

「じゃあ、忘れないようにムービーでも残しといてあげましょうか」
「それはいいや」
「いらないんかい」

何がしたいのか謎過ぎる。私と団長はただの部下と上司でしかない。そんな甘い関係でもないのに、何なんだ。

「お腹すいた」
「さっき朝御飯食べましたけど?」
「旨そうだね」
「何が?」
「いただきまーす」
「え? だから、何が!?」

不穏な気配を察知して、何とか逃れようともがく。力強すぎるな!? 半泣きになっていると、廊下にいた阿伏兎さんと目が合った。

「お父さぁあぁん!!」
「なぁにやってんだ! このスットコドッコイ!!」
「助けて下さい! ヘルプミー!!」
「邪魔するなよ阿伏兎」
「扉閉めてやれ!!」
「そうじゃない! 違います勘違いですやめてください!! あと、扉はご臨終しました!」
「はぁ!?」
「扉なんて初めからなかったよ」

可哀想なことになっている扉を見て、阿伏兎さんが同情したような視線を私に向ける。

「そういうプレイか?」
「そうだよ」
「違います。ちょっと、ねぇ、え? 見捨てないですよね? 阿伏兎お父さん?」
「こんな手のかかる娘を持った覚えはねぇ。ほどほどにな」
「待ってぇえ!!」

助けていけよ!! 無慈悲にも阿伏兎さんは手をヒラヒラと振って何処かへ行ってしまった。泣いた。

「他の! 他の何かボッキュッボンの!」
「興味ないや」
「どういうこと!?」
「んー……。でも、他の奴等に見せるのは勿体無いかな」
「そうですね! ……え?」
「今日はいいや。寝よう」
「おぶっ!?」

団長はベッドにダイブすると、本当に寝る体勢になる。私を捕まえたまま。いや、人のベッドで勝手に寝ないでくれます? あと、私を解放しろよ。
そのままマジで寝た団長に釣られて、私もお昼寝してしまい。変な噂が流れて大変だった。団長は肯定も否定もせず、ただ不思議そうに首を傾げていた。何なんだ。

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