クルラーナは大敵だ
本日、日曜日。朝から雪がちらつき始めた外は、寒い。と言うか、暖房がなければ家の中でさえ寒さを感じる気温だ。
しかし、こんな時に限って……。ノートのページがもう少ないのである。並盛の冬は結構、雪が積もる。これは、今日買いに行くが吉。
「予備も……買っとこう」
他に無くなりそうな物がないか入念にチェックしておく。何度もこの寒空の下を休みの日に歩きたくない。
体温で暖かさのある部屋着から外出着に着替えるのが嫌すぎる。服に触ると、ひやりと冷たさを感じた。
暖房で少し暖めることにして、着る服を選んでいく。あったかインナーを重ね着して、セーターにコートに、マフラー、手袋。靴下も重ねようかな……。
「着膨れ感よ」
我ながら完全防備である。風邪引く方が問題なので、これで良し。お洒落は我慢なのである。我慢出来ない寒さなので、お洒落は諦めた。
「いってきまーす」
「気を付けるのよ!」
「はーい」
玄関の扉を開くと、冷たい風が頬に当たる。思わずマフラーに顔を埋めた。
曇天の空から、白が降ってくる。傘をさして、足を踏み出した。まだ、積もるまではいっていない道路を足早に進んでいく。
誰もいなくて、酷く静かだ。皆、家から出たくないのだろうか。そんな事を考えながら角を曲がる。そこに見覚えのある黒が現れて、口から間抜けな声が出てしまった。
「やあ、君か」
「こんにちは、雲雀くん。びっくりした」
いつも通りの学ラン姿。見てるこっちが寒くなる。こんな休日にも見回りだろうか。風紀委員って大変なんだな。
「お疲れ様です」
「こんな雪の中で、何してんの?」
「ノートが無くなっちゃったんだよ」
「学校の購買で買えばいいのに」
「それは……確かに? でも、お気に入りのノートがあるんだよ。揃えないと落ち着かない」
「ふぅん」
いまいち理解できない様子の雲雀くんが、曖昧に相槌を打つ。男子はそういうのないのかな。カラーペンとかでカラフルにしたり……。雲雀くんはなさそうかも。
ふと、雲雀くんの吐き出す息が白に色付くのを見て、この子も人間なんだと当たり前なことに気づく。それは、普通に寒いよね。
「先輩が傘に入れてあげるよ」
「いらない」
「そう言わずに、何処まで行くの?」
「……商店街」
「あら、一緒だ」
傘の中に無理やり雲雀くんを入れる。考えるような間のあと、雲雀くんに傘を奪われた。身長差のせいで、上が窮屈だったのかな。
「ありがとね」
「……別に」
雲雀くんと隣り合って歩き出す。何故だろうか。物凄く雲雀くんからの視線を感じるのは。不思議に思って、隣へと顔を向ける。
「雲雀くん?」
「丸々してる」
「丸々してる……。それは、寒いからね。私は弱いので、寒いと風邪引くんです」
「ふぅん」
「あと、丸々してるじゃなくてね。もこもこで可愛いよって言おうね」
「もこもこ……」
雲雀くんの口から“もこもこ”という単語が出た衝撃。繰り返しただけなんだろうけど。年相応で可愛いよとか言ったら、殴られそうなので言わない。
「もこもこじゃないと、冬は乗り切れないんだよ」
「いつもは違う」
「それは、制服だから」
「……?」
何が違うのと言いたげな雲雀くんに、苦笑する。そもそも、度が過ぎると校則違反で怒るのは雲雀くんじゃないか。
その後も世間話をしていれば、あっという間に目的地に到着していた。文具店の前で雲雀くんと別れる。傘を貸してあげようかと提案したが、ばっさり断られた。
目当てのノートを手に取って、まだ使いきってもないのにカラーペン売り場を無駄にウロウロとする。好みの色味を発見したが、手持ちのお金がそれほど無なかったので断念した。
ノートと赤のボールペンを買って、文具店を出る。雪はまだ降り続いていた。これは、たぶん積もるな。
「ねぇ、君」
「はい?」
声を掛けられて、振り向く。そこには、先程別れた雲雀くんが立っていた。それに、キョトンと目を瞬く。
「雲雀くん? どうしたの」
「あげる」
「え? わっ!?」
スポッと両耳が何かに包まれる。雲雀くんは早業でマフラーの上から更に何かをぐるぐる巻きにしてきた。
「まってまって!? なに? もこもこに埋もれる!!」
「弱いから」
「心配してくれてる」
ちょっと、なに。そんな急に。ときめくから。雲雀くんのもこもこ攻撃を何とか止めて、顔を出す。ムスッと不服そうな雲雀くんの顔がそこにはあった。
「私よりも雲雀くんのが寒そうだよ」
「君の方が弱い」
「それはそうだけどね?」
よくよく見ると、雲雀くんの手には猫柄のブランケットがまだ握られていた。そんな可愛い柄のブランケットどこで手に入れてきたんだ。
「あははっ!」
「笑うな」
「ごめんごめん。ありがとう。嬉しい」
雲雀くんは更に不機嫌になってしまったが、こちらは惚れてまうやろと叫びそうになりつつ耐える。この行動の意図はなんだろうか。下心があるなら、浮かれてしまう。
「今年の冬は、ぽっかぽかだ」
「……欠席しないでね」
「皆勤賞を目指せと」
「うん」
「先輩、頑張るよ」
雲雀くんの顔が満足そうなものに変わる。毎年、冬になると一回は風邪引くんだけど。今年の冬はいつも以上に、健康管理を徹底しようと心に決めたのだった。