プセマが暴かれるまで

段差のある地面に腰掛ける俺の隣で、小さな少女が毛布に丸まっている。とは言っても、年の差はそこまでなかった筈だ。5つ下だったか6つ下だったか。

「大人になんてなりたくないなぁ」

ぐずぐずと鼻を啜る少女は、泣いているらしい。まぁ、さっきのことを考えれば、当たり前ではあるが。

「俺は早く大人になりてぇけどな」
「どうして?」
「どうしてって……」

その時、俺は何て答えたんだったか。いや、答えられなくて、誤魔化したんだったなぁ。
大人になれば、もうそんな顔をさせないで済むと。本気でそう思ってた。なんて、結局何にも変わりゃしねーと、隣でグデグデに酔っ払ってるいつかの少女に溜息を吐いた。

「飲み過ぎだ」
「んんー……。だいじょーぶですぅ! もう一杯のむー」
「おいおい」
「ファジーネーブル!!」
「オレンジジュースくれ」

バーテンダーが良いのかと目で訴えてくる。それに、大丈夫だと頷いた。こんだけ酔ってんだ。もはや、何飲んでるのか分かりゃしねぇさ。
酒に弱いくせして、ハイペースで飲むからこうなる。というか、カクテルは甘くて飲みやすいが度数は高いから気を付けろと、あれほど言って聞かせた筈だがな。

「で? その上司がどうしたって?」
「ムカつくの〜!」
「そーかそーか」

俺と彼女は、別々の道を選んだ。俺が選ばせた。堅気として生きれば、幸せになれるんじゃねーか。そう祈った。結果が、これだ。
机に置いていた煙草の箱を手に取る。指先でトントンと叩き、出てきた煙草を咥えた。ライターで火をつける俺を彼女は、ぼんやりとした目でただ見つめている。
紫煙を吐き出した俺に、彼女は目を伏せた。まるで感傷に浸るように。そして、緩慢な動きで机に伏せる。

「大人になんて、なりたくなかった……」

なんて、ベソベソと半泣きであの頃と変わらないことを言った。合った瞳に滲んだ要望に答えるため、相応しい言葉を探す。

「そうだな」

煙に交ぜて、嘘を1つ。

「俺もそう思うよ」

更に、もう1つ。

「だよねぇ。みんな、どうして? って聞いてくるのよ。別に理由なんてないけど……。でも、大人はいやなの」
「分かるぜ」

いつの間にか、嘘を吐くのが普通になった。それが、俺は嫌な訳ではない。嘘も方便。必要な嘘だって、存在する。それを大人になったと言うなら、俺に彼女の気持ちが分かる訳がない。

「シャマルのばーか」
「急に何だよ」
「おんなったらし!」
「んなこと言ってたら、お望み通りに食っちまうぜ?」
「いっけないんだ!」
「へーへー」
「そんな気ないでしょ〜。何年の付き合いよ」

へらへらと楽しそうに笑い出した彼女に、目を細める。煙草の煙を深く吸い込み、「バレたか」なんて、煙と一緒に吐き出した。

「変な連中は寄ってきてねぇだろーな」
「うん。平和だよ。なーんにも、なし!」
「そいつは、良かった」

煙を吐き出す度に、煙草はどんどん減っていく。何にもないなんて、当たり前だ。俺が何かさせるわけがない。平和で結構。一生、気づかねぇでくれよ。

「シャマルは〜?」
「なーに? 俺のこと知りてーってか?」
「元気も元気でよーございました」

呆れたように彼女が溜息を吐く。バーテンダーが持ってきたオレンジジュースに口を付けた。文句が飛んでこねぇ辺り、やっぱりかなり酔ってんな。

「働きたくない。石油王と結婚するしかない」
「俺が養ってやろーか?」
「嘘ばっかりなんだから」

頬杖を付いた彼女がジト目を向けてくる。本音だって言えば、この関係はどうなるんだろーか。結局は、「鋭いねぇ」なんて煙に巻く。

「当たり前ですぅ」

嘘ばっかり。確かにそうかもな。気付いて欲しくないなんて、嘘に決まってる。全部、暴いてくれねぇかな。
ふと、手に持つ短くなった煙草が目に付いた。灰皿に灰を落とすために、煙草を指先で叩く。ゆらゆらと揺れる紫煙のせいにでもするか。そう決めて、灰皿に煙草を押し付けた。

「禁煙するかな」
「えぇ? なに急に。どーしたの」
「んー?」

煙草やめたら、嘘吐くのが下手になったりしてな。そしたら、俺の暴いて欲しい嘘を暴いてくれたり……。

「何でだと思う?」

彼女が怪訝そうに眉値を寄せる。首を傾げた彼女に、思わず苦笑した。
ガキっぽいってか。んなこと俺が1番分かってんのよ。いつまで経っても、俺はあの日のガキのままだ。
あの日、夢想した。少女を幸せに出来る大人とやらには、いつになったらなれるのか。

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