プリンシピオをあげる

明け方の空にはまだ月が居座っている。けど、段々と光に侵食されていく深紫が朝を報せて早く見つけろと急き立ててくるようで舌打ちを溢した。光の中で、黒は目立つ。
ついさっきまで俺の周りをチョロチョロしていたバカを探して無駄にデカイ屋敷の中を走る。いつの間にはぐれたのか。気付けばいなくなってたんだから、ある意味天才だ。

「手ぇかかるよなー」

そんなバカを探してる理由を認めたくなくて、溜息を吐いた。だって、こんなの王子らしくねぇじゃん……。
不意に耳朶を打った探していた声に、足を止めた。赤に混じって黒が泣いてる。思ってたよりも元気じゃなさそーだな。

「何やってんの、お前」
「え、ベルせんぱい?」

転がってるバカに声を掛ければ、瞳を隠していた両腕が動く。情けなくユラユラと涙に揺れる瞳が朝日を反射して、そいつの生存を示した。瞬きをすれば、ポロポロと光が転げ落ちる。

「なっさけねーの」
「私、死んだんですか」
「死んでねーから、王子が態々迎えに来てやったんだろ?」

きょとんと見開かれた瞳に俺が映る。朝日を受けたティアラがそいつの瞳の中で光った。あーあ。もっと早く帰れる予定だったのに。

「なんか、」
「んー?」
「お伽噺みたいですね」
「は? 頭大丈夫か?」
「大丈夫です。たぶん」

バカが更にバカになったらしい。早くアジトに帰ろうとそいつを起こす。
こんな廊下で情けなく転がっていたのは、足をやられたからで。その足で戦闘は続けて全滅させたけど、その後に気が抜けて立てなくなった、と。バカじゃん。

「ん、」
「んん?」
「背負ってやる」
「はい!?」

背を向けてしゃがむ。暫く後ろでオロオロとしていたそいつは、意を決したような声で「し、失礼します」と肩に手を置いた。
その手に迷いを感じて、逃がさねーように早々と立ち上がる。目線が急に高くなったからか、そいつがスットンキョウな声を出した。

「特別な」
「と、とくべつ……」

声音に緊張が混じって、可笑しくて笑う。探して、見つけて、態々連れ帰って。どっからどう見ても特別だろ。
窓から飛び降りても良かったけど、完璧に顔を出した太陽が庭園の草を濡らす赤を照らしているのを見て、変に目立って人目に付くのは不味いかと普通に玄関から出ることにした。あとで作戦隊長に煩く言われるのはめんどくせーし。
ゆっくりと廊下を歩き出した俺に、後ろの気配が微かに動く。ほっと安堵するような溜息が聞こえてきたと思ったら、そいつの体から力が少し抜けた。

「ベルせんぱい」
「んー?」
「ご迷惑お掛けします」
「ホントーにな」
「うぅっ……」

気まずそうに呻いたそいつは、それを最後に大人しくなる。体から完全に力が抜けてねぇから、気絶したとかじゃなさそーだけど。

「ベル先輩は、神様を信じますか?」
「は?」
「私は信じてませんでした。でも、」

不自然に言葉が途切れる。少しの沈黙のあと、ふっと柔らかい笑みが溢れ落ちた。

「朝日に照らされたベル先輩がとても綺麗で。まるでお伽噺の王子様が絵本から飛び出してきたみたいで。わたしみたいなのに“めでたしめでたし”を神様がくれたのかなぁ、なんて」
「…………」

微睡むように段々と舌足らずになっていく声と内容に、呆れて溜息を吐いた。それに気づかないバカは、情けなく鼻を啜る。

「さいごに見るけしきが綺麗すぎると、ぎゃくに未練がのこるものなんですね」
「バーカ。その程度の傷で死ぬわけねーだろ」
「……ほんとですか?」
「あのなぁ……」
「はい」

ぐずぐずと泣くバカにも分かるように言葉を選んでやる。俺ってチョー優しくね?

「どこにプリンセスが死んで“めでたしめでたし”になる話があるわけ?」
「どう、でしたっけ。それにわたしは、」
「どこの誰だか分からねぇ神様がくれた“めでたしめでたし”なんて捨てとけよ」
「えぇー……」

もごもごと「捨てるのはちょっと……」とか「寧ろ捨てたくないというか……」とか言ってるそいつの言葉は聞かなかった事にして。

「王子がやるよ“はじまりはじまり”〜」
「はじ、まり??」

なーんにも始まってねぇのに、“めでたしめでたし”で強制的に終わりとか。そっちの方が認められない。そんな事になるくらいなら、無理矢理にでも“はじまりはじまり”で物語を始めよーぜ。
俺とお前のどっちもが死んだ瞬間がハッピーエンドの“めでたしめでたし”な。とっておきの赤に染まったお伽噺。

「わたし、プリンセスになれる程素敵じゃないです」
「なら、プリンセスじゃなくて良いじゃん」
「……そんなものですか?」
「しししっ、王子と結ばれるのがプリンセスじゃねーと駄目とかあんの?」
「それ、は? え? む、むすばれるとは?」

困惑を素直に滲ませた声音が裏返る。

「王子と」
「はい」
「お前が」
「はい」
「結婚するってこと」
「はい!? お、王子様はどなたが?」

触れている部分が急激に熱を持った気がした。王子様は誰がやるかって? 本気で聞いてんのか、こいつ。それとも、分かってて確認してるだけ、か。この熱からして、後者っぽいな。
そこで、想像してみる。どこの馬の骨かも分からねー王子様。の、手を取ってるバカなヒロイン。うっわ、殺すな。

「ししっ、俺以外に王子がいるわけねーじゃん」

王子らしくなくても、認めてやって良いよ。お前が取っていい手は、俺のだけだからさ。

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