カルディアーが弾むのは

授業と授業の間の10分休憩。次の授業も座学なのをこれ幸いと鞄の中から読みかけの文庫本を取り出した。10分だけなんだけど、それでも小説の続きが気になるのだ。
ワクワクとした気持ちのままに、栞を挟んでおいたページを開く。物語の世界へと誘ってくれる文字をゆっくりと読み進めた。
不意に、風が吹いて髪がなびく。現実は物語みたいにはいかないので、顔に髪がかかって視界が遮られた。折角、物語の中に入りかけていたというのに、邪魔過ぎる。
髪を結ぼうと、元々文庫本に挟まっていた出版社のロゴが入った栞を手に取った。それを再び本に挟んで閉じる。溜息を吐いて、ふと気づいた。風がやんでる?
不思議に思って、窓に顔を向ける。そこには、窓を閉めてくれたらしい轟くんが立っていた。私と目が合って、「お……」なんて轟くんの動きが不自然に止まる。
暫し無言で見つめ合った後、何だか可笑しくて私は吹き出してしまった。“お……”って。驚き方が轟くんらしい。

「ワリィ……」
「ちょうど困ってたの。ありがとう」
「そっか」
「うん」

轟くんが話しながら近づいてくる。そのまま机の隣にまでやって来た轟くんは、私の持つ文庫本に目をやって、あっという顔をした。

「邪魔にならねぇために、窓閉めたんだったな」
「ふふっ、良いよ良いよ。折角だからお喋りしよう」
「良いのか?」
「もちろん!」

隣の椅子を借りようと、引っ張ってくる。轟くんはその椅子に腰掛けて、じっと私を見つめた。それに、首を傾げる。

「あっ! もしかして、文庫本が気になる!?」
「……?」
「これねぇ、面白いんだよ! 異世界ファンタジーで、冒険物語なんだ」
「そうなのか」

轟くんに向かって、表紙が見えるように文庫本を掲げる。轟くんは、視線を私から文庫本へと向けた。

「轟くんは、どんな物語が好き?」
「どんな……。そういう類いのモンは、よく分からない」
「そうなの? じゃあ、試しに読んでみる?」
「あぁ。買ってみる」
「えぇ!? 貸してあげるって意味だったんだけど……」

まさかのすれ違いに、目を丸める。轟くんは私の言葉に、きょとんと目を瞬いた。

「それ、読んでる途中だろ」
「なるほど。大丈夫だよ。これ、下巻なんだ。上巻なら貸せるから!」
「そうか?」
「うん。お試しに! 本当に、心踊る大冒険だから!」

そこで、はっと我に返る。押しが強すぎたかな。“買ってみる”は、実はと言うと社交辞令の可能性もあるのに。迷惑だっただろうかと、ソワソワしながら轟くんを見る。

「じゃあ、有り難く借りる」
「本当? 迷惑じゃない?」
「……? そういう風に見えたか?」
「いや、えっと……」
「迷惑じゃねぇよ。ありがとな」
「そう? なら、よかった」

思わず、顔がにやけてしまう。布教出来た時の嬉しさって、凄いよね。轟くんと共通の話題が出来たのも嬉しい。
いや、まぁ……。ヒーローを目指す者同士で会話はあったけど。でも、こういう日常の会話はあまりなかったから。何だか、妙な感じだ。
ニマニマとしていれば、視線を感じてハッとする。気持ち悪がられたかな。慌てて、顔を引き締める。恐る恐ると視線を轟くんに向けた。

「あの?」
「さっきから、気になってたんだが」
「ん?」
「唇……」
「くちびる??」
「昼、天ぷらそば食ったのか?」

至極真面目な感じに落とされたそれに、私は目が点になる。ひとまず、天ぷらそばは食べてない。お昼は、食堂でパスタを食べました。

「なんで??」
「テカテカしてるから」

つまり、唇がテカテカしてるから揚げ物食べたのか? ってことだろうか。状況が分かって、私は普通に吹き出した。爆笑し出した私に、轟くんはハテナマークを浮かべる。

「食べてないよ。はーっ、おかしい。待って、んっふふ! リップクリームです」
「リップ……そうか。俺の勘違いか」
「天ぷらそば美味しいよね」
「あぁ。ザルに付いてるのがいい」
「うんうん。分かるよ。ザルそば美味しい。明日はザルそばにしようかな」

そばの話をしていたら、そばの口になってしまった。天ぷら付きのやつ食堂にあったかな。

「食堂のザルそば旨いぞ」
「そうなの? 楽しみ」
「明日いっ、」

轟くんが何かを言いかけて、チャイムに邪魔されて口を閉じる。いつの間にか、そんなに時間が経ってたんだ。まぁ、10分休憩だもんな。

「轟くん?」
「いや……。今度な」
「……うん?」

何処か困ったように笑って、轟くんは自分の席へと戻っていく。それに、私はまた首を傾げることになるのだった。

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