マル・ダムールに酔いしれる

ターゲットの誕生日だか何だかで開かれている豪勢なパーティーに嫌気がさして、バルコニーへと出た。手に持ったままだったワイングラスをくるりと回す。グラスの中で、血のような赤ワインがそれに合わせて揺れた。
そろそろ頃合いかしら。盛り上がりに釣られるようにして、ターゲットの酔いも良い感じ。偶然を装って接触、誘惑の手応えも上々。このまま、さっさと仕事を終えて帰ろう。
流石に夜は冷えるわねと、ショールを引き寄せた。夜風に当たってクリアになっていく頭で、殺しの手順を組み立てていく。いつも通りにハニートラップ。甘い雰囲気の中で死ねるなんて、幸せなことよ。
不意に、バルコニーの扉が開く音が耳朶に触れた。それに、警戒する。大丈夫よ。ミスはしていない。衣装が刺激的過ぎたのかしら。余計な者まで釣れたっぽいか。

「Buona sera」
「……ん?」
「良い夜だな、素敵なおじょーさん」

語尾にハートマークでも付きそうな声に聞き覚えがありすぎて、深く溜息を吐いた。億劫に思いながらも、振り返る。想像した通りの男がそこには立っていた。

「あら、ご機嫌よう。偶然……にしては、出来すぎてると思わない?」
「そうか? 運命の悪戯ってやつだよ」
「適当言わないでよ」

最近、この男を頻繁に見る気がするのは、私の気のせいではないはず。仕事の度に見ているような……。そして、この男はいつもいつも私の仕事を横取りしていく。嫌な予感に、眉を吊り上げた。

「ねぇ、まさか」
「んー?」
「邪魔してないでしょうね」

男、シャマルはへらっとだらしのない笑みを浮かべながら私の正面へとやってくる。シャマルの顔を無言で見上げた。
流れるように、腰を抱かれる。ふわっとアルコールと香水が混ざった匂いが鼻腔を擽った。この酔っぱらいが。まぁ、私も人のことは言えないんだけれど。

「なぁ、俺と飲み直そうぜ?」
「残念ながら、私には仕事があるの」
「仕事ならもう終わった」
「ちょっと……」

やっぱりね。シャマルが何を考えているのか、よく分からない。どうして毎回、私の仕事を邪魔するのか。
天才とはよく言ったもので。この男の技は、暗殺には最適なのだ。だって、どんな殺しも病死に出来てしまうのだから。

「私の! 仕事よ?」
「知ってる。怒るなよ。だってお前さん、ハニートラップ仕掛ける気だろ?」
「それが、私の殺り方なの」
「それも、知ってる。でもなぁ……」
「何よ」

イライラが声に乗る。シャマルは暫し無言で私を見つめた。それに、眉根を寄せる。殴ってやろうか。

「お前さんの手柄にしちゃっていいから、俺にサービスしてくれよ」
「お断り」

手に持っていたワイングラスを呷る。それをバルコニーの手すりに叩き付けるようにして置いた。シャマルは驚いた様子もなく、ただ私の言葉を待つように見つめてくる。

「私にだって、プライドってものがあるのよ」
「お前さんは報酬が貰える。俺はイチャイチャ出来る。Win-Winだろ?」
「どこがよ」

呆れて溜息が溢れ落ちた。そもそも、イチャイチャって何よ。私としたいの? いや、この男は女好きのキス魔だったわね。

「誰にでもそういうことを言うのは、どうかと思うわ。この節操なし」
「そうでもないぜ。最近、厄介な病気にかかっちまってな」
「それは、昔からでしょ」
「こいつは、俺でも治せねーのよ」
「何よ、それ?」
「恋煩い」

思わず手が出た。とは言っても、脳天にチョップを食らわせただけ。ちょっと心配してしまった私の気持ちを返して欲しい。

「寝言は寝て言うものよ?」
「手厳しいねぇ」

シャマルは少し困ったように眉尻を下げる。コツンと額を合わせてきた。至近距離で目が合う。私のご機嫌をうかがうような視線に、目を瞬いた。

「Ti voglio baciare」

甘さの滲んだ声音に、思わず流されそうになって思いとどまる。キスしたい。なんて、本当に節操がないんだから。
拒否を示すために、シャマルの口に向かって手を伸ばす。指先で唇を隠した。それに、シャマルは不服そうな顔をする。

「だぁめ」

そこでふと、これってまんまとイチャイチャしてしまっているのでは? という考えが頭を過る。その考えを遮るように、シャマルに手首を掴まれた。私の手を少し離して、再び指先に唇を寄せる。チュッとリップ音が鳴った。

「なぁ、頼むよ。Amore mio」

私達は、そんな甘やかな関係ではないはずなのに。狡い人。
頬が火照るのは、ワインを一気に飲んだせい。じゃなければ、厄介な病気を伝染されたのかもしれないわね。やれやれと白旗を振った私は、応じるように目を閉じてあげた。

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