プリエールは届くのか

あの人は、勝手だ。鳥籠の中から私を拐ったくせに、急に危ないからとか何とか言って……。私を置いてけぼりにするんだから。海賊船なんだから、危ないも何も今更でしょうに。
目の前で、真白なシーツが風に揺れる。今日はとても良い天気。洗濯物を全て干し終えて、伸びをした。
クッキーでも焼いて、万事屋に持っていこうかしら。最近知り合った彼らは、とっても良い人達。きっと、神楽ちゃんが喜んでくれるはず。
そうと決まれば、早速取り掛かろうと踵を返す。必要な材料は揃っていたかしらと、顔を上げた。その先に見知った人が立っていて、目を瞬く。

「目が可笑しくなったみたいだわ」
「久しぶりに会ったってのに、随分な言い様だね」
「幻聴まで聞こえる。今日は休んだ方が良いみたいね」
「ねぇ、ちょっと……」
「どうしてかしら。昨日も良く寝た筈なのに」
「待ってよ。……怒ってる?」

進路を塞ぐようにして、神威さんが目の前に移動してくる。そのニコニコ顔を精一杯睨み付けてやった。全くもって、勝手な人。

「怒ってません」
「怒ってるだろう」
「怒られる覚えが?」
「……ない」
「ほーう??」

声に棘が混ざるのは許して欲しい。この人が反省なんてしないのは、いつもの事なのだけれど。1人にされて、どれだけ私が……。苛々と神威さんの顔を見上げていて、ふと気づく。
微かに滲むこれは、何だろうか。動揺? この人が? どうして……。分からない。けれど、確かに感じた胸騒ぎに従って神威さんに手を伸ばした。掴んだマントをぎゅっと握り締める。

「何か、隠してるの?」
「してない」
「嘘よね? 怪我したの?」
「してない」
「どこ。見せて」
「してない」

暫しの無言。じっと目を見つめれば、神威さんは不自然に顔を逸らした。

「してんだろーが!!」
「し、してない」
「さっきから、“してない”しか言わないんだけど?? なに? どう考えてもしてんだろーが!!」

遂には、口を閉ざして首を左右にブンブンと振りだした神威さんに、こちらは溜息を吐き出す。嘘が下手すぎる。隠される方が心配するということをこの人は分かってないのよ。

「まぁ、良いです。ここにこうして居ると言うことは、手当てはされてるんでしょうし」
「…………」

こちらが折れたというのに、神威さんの顔は私の方へと戻ってこない。その横顔に、いつもの笑顔は浮かんでいなくて。焦った顔で言葉を探しているらしい彼に、戻した眉を再び吊り上げた。

「神威さん?」
「……これ、指に入らなくなっちゃった」

えへっという効果音が後ろに付きそうな感じに差し出されたそれに、目を丸める。神威さんの手の平の上には、私があげた指輪が乗っていた。
ちゃんと失くさずに持っていたのねと、感動したら良いのか。何故そんなに歪に曲がってしまっているのかと、問いただせばいいのか。
心配が勝ってしまった私の眉尻は、情けなく下がっていく。涙目になった私を見て、神威さんはぎょっとした顔をした。

「指には入らなくなっちゃったけど、ほら、あの、お前がくれたチェーンには通るから! 首に掛けとけば大丈夫だよ!」

そうだ。指にはめて渡したら、殴る時に邪魔だとか壊しちゃうよとか言うから。でしょうねとネックレスに出来るようにチェーンに通して付けてあげたのよ。
それなのに。何をどうしたら……。こんなに、ズタボロになるのよ。指輪がこんな有り様じゃ、怪我も酷いものだったに決まってる。

「新しいの買いに行こうよ。ペアリングが良いんだろ? 今から行けば、」
「いいのよ」

神威さんの言葉を遮った私に、神威さんが笑顔のまま固まる。そんな彼の首に腕を回して、抱きついた。

「いいの……。言ってなかったかしら。その指輪には、特別なお祈りがしてあるのよ」
「聞いてない」
「貴方が無事でありますように。私を迎えに来てくれますように」
「…………」
「ずっと、一緒にいられますように」

宙をさ迷っていた神威さんの腕が、私の体を抱き締め返してくれる。それに、ほっと息を吐いた。この人の場合は、“生きてる”が“無事”になるのかしら。

「本当に指輪をくれるの? どういう意味で?」
「それは……」
「私は、貴方がいないと寂しくて死んでしまうのよ」

私の言葉を理解してか、神威さんの腕に力がこもる。力が……。力が強い。夜兎のパワー半端じゃない。本当に。

「うぐふっ……!!」

我慢できなくて呻いた私に、神威さんの腕が勢い良く離れていく。再び宙をさ迷いだしたそれに、思わず笑ってしまった。

「私みたいな弱っちいのを選んでくれるのかしら。だとしたら、神威さんって物好きね」
「……それは、俺の台詞なんだけど」

拗ねたような声音に、私は更に笑う。力一杯抱き締めれば、神威さんの腕が戻ってきた。精一杯の優しさが滲むそれに、なんだか無性に泣きたくなる。

「おかえりなさい」
「……ただいま」

降参だと言いたげに、神威さんに抱き竦められる。貴方の帰る場所になれたら、それ以上の幸せなんて私にはないのよ。

BACK
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -