ラトレイアなど虚しいだけ
※死ネタ含みます
彼女の部屋はあの日のまま。掃除はしっかりやって貰っているけど、物の配置は少しも変えるなと言ってあるから。なーんにも変わってない。だから、大丈夫。
彼女のために用意したワンピースは、きっと似合うに決まってる。僕が選んだんだから、彼女もきっと喜んでくれる。
「楽しみだなぁ」
扉をノックすれば、部屋の中から彼女の返事が聞こえてくる。入っていいみたいだったから、遠慮なく部屋に入らせて貰うことにした。
「白蘭さん!」
彼女がワンピースの裾を翻して、僕の方に振り向いた。鏡の前で、チェックをしていたみたいだ。
「どうですか? 似合います?」
「……うん! とっても可愛いよ」
彼女は想像通りに柔く笑った。そして、再び鏡の方へと体を向ける。ワンピースの裾を広げるようにして持ち、嬉しそうに鏡に映る自分の姿を見ていた。
あぁ、違う。僕が選んだのは、そっちの色じゃなかったのに。その色も似合うかなとは思ったけど、違う。違うよ。
「ねぇ、」
「はい! 何ですか?」
「……その色、気に入ったかい?」
誤魔化すように、ニコッと笑みを浮かべる。彼女は一瞬、質問の意味を考えるように目を瞬いた。そして、1つ頷く。
「凄く素敵です! それに、白蘭さんが選んでくれた色だから」
「そっか」
「白蘭さんがくれるものは、何だって好きです」
彼女が照れたように、はにかむ。そうだね。君はいつだって、そう言ってくれた。そう言ってくれると分かってた。いいなぁ。
「僕も」
「え?」
「……好きだよ」
君が。君がくれる全てが。それなのに……。
どうやら、もうそろそろ限界みたいだ。もうちょっと、一緒にいたかったなぁ。視界が揺れて、僕は目を閉じるしかなかった。
「は、はぁっ、うっ……」
立っていられなくて、その場にへたり込む。傍にあった彼女のベッドに凭れ掛かった。
目を開ければ、そこは変わらず彼女の部屋なのに。僕以外は誰もいない。いなくなってしまった。この世界線の彼女は亡くなったんだから。
「なんで……」
さっきまでカラフルに色付いていた筈の部屋は、薄暗くて全部が灰色に見える。僕が黙れば、部屋は無音に包まれた。彼女の声を探すけれど、聞こえてくることはない。
床に落ちてしまっているワンピースをぼんやりと見つめた。誰にも着て貰えなければ、こんなものはただの布切れでしかない。
似合うと思ったんだよ。君に、似合うと。ワンピースに手を伸ばす。自分の方へと引き寄せて、持ち上げた。
「他の世界で君は、生きてるんだよ」
なのに。どうして。なんで。ここに君はいないんだろうね。ワンピースを掴む手に、自然と力が入った。
「僕の……。君は、どうしていない?」
どうすれば、君は戻ってきてくれるんだろう。僕は知っている。神になんて祈った所で、何も起こりやしないんだ。礼拝に意味などない。
「ハハッ、アハハッ!」
彼女はこの世界が好きだったなぁ。でもさ。やっぱり、僕には気持ちわるくて仕方ない。君は僕の唯一だったのにね。奪うなんて、酷いと思うだろ?
「このゲームをクリアしたら、君は喜んでくれるよね」
そうに決まってる。だって、彼女は僕の味方なんだからさ。
ワンピースに水滴が落ちる。可笑しいな。ここに水分なんて何もない。それに、僕はちゃんと笑えている筈なのに。
「次は何を贈ろうかな」
この世界を贈ったら、どんな顔をしてくれるだろう。きっと、いつも通りの笑顔が返ってくるはずなんだ。