オリエンスに焦がれ

西の空にあった金星が、東の空へと昇る頃。彼は私の所に帰ってくる。朝日よりも少しだけ早く。美しい明星が彼を連れてきてくれる。
だから私は一晩中、東向の窓の前から離れられない。ずっと東の空に貴方を探すの。今日もやっと見つけることが出来た。

「おい」

後ろからした低音に、振り向く。そこには、待ち焦がれた愛しい人が立っていた。嬉しくて、勝手に頬が緩む。

「おかえりなさい」
「今日も寝てねぇのか」
「だって、貴方を待ってる時間もとても好きなんだもの」
「物好きだな」

彼が私に近付いてきてくれる。ソワソワとそれを待っていたけど、我慢できなくて手を伸ばした。けれど、今日は気分じゃなかったらしい。昨日は握ってくれたのに。
私の手は無視して、彼は私を抱え上げた。そのままベッドにでも行くのかと思った私の予想に反して、彼は私が座っていた1人掛けソファーに腰掛ける。私は彼の膝の上に横向きに降ろされた。
いつも通りにソファーの背凭れに彼が深く沈む。私の膝裏を支えていた彼の腕は、流れるように肘掛けへと。背中を支えていた腕は、私の腰へと回る。
どうやら、今日は少しお喋りをしてくれるらしい。それはそれで、とても嬉しい。私は結局、彼が与えてくれるならどんな時間でも好きなのだから。

「今日の空はとても綺麗だったの」

私の言葉に、彼の視線が窓へと向く。私はそれが気に食わなくて、彼の頬を両手で挟んだ。ダメよ。ずっと待ってたのは私なんだから。その綺麗な赤い瞳に映る権利が私にはあるわ。
そんな私の気持ちが伝わったのか、彼の視線が私へと戻ってくる。それに満足して、手を離そうとした。しかしその手は片方、彼に捕まってしまう。

「ザンザス?」

彼が私の手を頬に戻して、じっと見つめてくる。今日は随分と甘い。珍しいことだ。私は彼に答えて、その手で彼の頬を撫でる。彼はゆっくりと目を閉じた。

「続けろ」
「ふふっ、雲が出てなかったから星空が凄かったのよ」
「そうか」

段々と彼の雰囲気が微睡むようなものになっていく。このままソファーで寝るつもりなのだろうか。

「ねぇ、ベッドで寝ないと」
「るせぇっ」
「もう、ザンザス。ちょっと」
「…………」

無視である。気分屋にも程があると思うの。この前もスクアーロさんが“クソボスがぁぁあ!!”って怒ってたんだから。知らないでしょう。いや、知ってて放っておいてるのかも。
東の空から朝日が顔を出し始めたようだ。日の光が眩しくて起きることを期待したが、彼は勢いよくブラインドを降ろしてしまった。

「あらぁ……」

部屋が再び薄暗くなる。彼の体温に、私も段々と眠くなってきた。でも、それは何だか勿体ない気がして彼の顔をじっと眺める。綺麗な顔。思わず頬に添えたままだった手を動かして、高い鼻筋を指先でなぞってしまった。
彼は寝ているのか。好きにさせてくれるのか。何も反応しなかった。もっと。そんな欲望が湧き上がって、うっとりと目を細める。
引き寄せられるように、彼の唇にキスした。触れるだけのそれで私は満足だったのに。彼は満足しなかったようだ。
至近距離で彼と目が合う。あっと思った時には遅かった。後頭部に回った手が、私の退路を塞ぐ。なすがまま、彼の深いキスを受け入れた。クラクラとする。

「すき」

気持ちが溢れて、こぼれる。彼はゆるりと満足そうに目を細めた。
もし幸福に形があれば、きっと今頃部屋は幸福で埋まってしまっているはずだ。すでに溺れてしまいそうなのだから。

「今日も幸せ」
「勝手に1人で満足する気か?」
「え?」
「よこせ。俺のためだけに。足りん」

再び唇が触れ合う。貴方だって、満足そうな顔してたじゃない。なんて、反論させてはくれなさそうだ。
しかし、私も満更ではないので大人しく目を閉じることにした。恋とは厄介な代物で。1度落ちると後戻りは出来ないらしい。
林檎と同じだと誰かが言った。木から落ちた林檎は元には戻れない。それと一緒。愛に逆らえずに落ちていく。堕ちていく。どこまでも。

「すき」
「当たり前のことを」
「あいしてる」

彼はそれに少し黙った。珍しく穏やかさを孕んだ赤色は、明星よりも美しい。

「施しだ」

今日は本当に甘い。耳に注がれたイタリア語は、甘美な愛を私に伝えた。

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