ラブルムは嘘しか言わぬ

机に頬杖をついて、溜息を吐き出す。目の前のお侍様は、表情をぴくりとも動かさなかった。それに、更に不貞腐れる。

「ねぇ、黒死牟様。どう思います?」
「無惨様にも……考えがおありなのだろう……」
「またそれですか」

独りぼっちだった私を助けてくれた無惨様。無惨様が鬼だと分かっても、私は別に構わなかった。私も鬼にして欲しいとせがんでいるのだが、何故かいつまで経っても叶えてくださらない。無惨様のお役に立ちたいのに。
という話を黒死牟様に愚痴っているのだけれど、毎回ここに着地する。考えねぇ。無惨様は私がせがむ度に、鬼にしてやるって言う。言うのに、してくれない。嘘つき。
不意に、襖が勢いよく開いた。勢いがよすぎて、襖がひしゃげる。そんな蛮行を行った犯人は、そんなことお構いなしにズカズカと部屋に入ってきた。

「何をしている?」

この上なく不機嫌そうな顔をした無惨様が、仁王立ちで私を見下ろしてくる。威圧感が凄い。普通の人間ならば、腰を抜かしているかもしれない。

「黒死牟様とお喋りです」
「部屋で大人しくしていろと言ったはずだ」
「だって、暇なんですもの」

態と膨れっ面になる。それを見た無惨様は、額を押さえて溜息を吐いた。そして、私の手首を掴み「立て」とだけ言う。

「何でですか!!」
「もう寝る時間だ」
「嫌です! 子どもじゃないのに!」
「大声で喚いている時点で、子どもだと思うがな」

無惨様は埒が明かないと判断したのか、掴んでいた手首を離すと私を抱え上げた。それに全力で抗議する。無惨様は私を無視して、歩き出した。
そうなってしまっては、ただの人間の私にはもうどうにも出来ない。まぁ、鬼であろうとも無惨様が相手では何も出来はしないのだけれど。
無惨様の腕の中で大人しくなった私に、無惨様はそれはそれは満足そうな顔をした。

「はじめからそうしておけば良いものを」

無惨様の指示だろうか。琵琶の音と共に景色が変わる。一瞬で私の部屋に着いてしまった。もう少し一緒にいたかったのに。

「もう行ってしまわれるのですか?」
「私は暇ではないからな」

いつの間に敷かれていたのか、布団の上に降ろされる。素直に横になって、掛け布団を被った。

「無惨様」
「何だ」
「鬼にしてください」
「……分かっている」
「約束ですよ」

無惨様の瞳に、得も言われぬ感情が滲む。私はその感情の名前をいつまで経っても見つけられずにいる。それが分かれば、もっと近づけるのだろうか。なんて私は烏滸がましい。

「良いから、寝ろ」
「もう少しだけ」
「我が儘を言うつもりか?」
「いいえ」

無惨様が手の平で私の目を隠す。いつもそうだ。それを合図に私は目を閉じる。いい子に無惨様の言うことを聞くために。

「おやすみなさい」
「それでいい」

暇ではないなんて言いながら、無惨様は私が寝るまで傍にいて下さることを私は知っている。何故なのかは聞けないまま。


******


規則正しく聞こえてくる寝息に、寝たのだと言うことを理解する。少し開いている女の唇を指で撫でた。それに女が、「ん〜……」と間抜けな声を出す。

「鬼に……」

してやる。そう言った。別に難しいことではない。私の血を与えれば良い話だ。
それが、未だに出来ないでいるのはどういう訳か。忌々しい。今ここで……。女の唇から手を額へと移動させる。
人差し指を突き立てれば、女は死ぬ。私の血に耐えきれなくても、女は死ぬ。そう、死ぬのだ。鬼になるか。死ぬか。それは、私にも決められない。

「……お前など、必要ない」

死んだからと言って何だと言うのか。しかし、今日も体は言うことを聞かなかった。人差し指は女の額を貫くことなく、私の元へと戻ってくる。
私が傍にいると言うのに、警戒心の欠片もなく寝続ける女を眺めた。とっくの昔に忘れた筈の微睡み。女は、それによく似ていた。

「気が触れたか」

これ以上は、ここに居たくもなかった。私は立ち上がり、部屋を出る。鳴女に指示を出せば、琵琶の音が鳴り景色が変わった。今日は外へ出る気分ではない。
試験管に手を伸ばした所で、はたと気づく。いつそんな事をしたのか。噛み締め切れたくちびるからは、血の味がした。

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