フラメントを信じて

彼女のクラス1年B組は、文化祭の出し物で劇をすることになったと聞いた。演目は【白雪王子】彼女曰く、白雪姫の登場人物を男女逆にした物語。
彼女はどうせ裏方に回ったのだろうと話を聞いていれば、配役は公平にくじ引きで決めることになった。そして彼女はものの見事に、“最後白雪王子を見つけて目覚めさせることになる運命のお姫様役”とやらを引き当ててしまったのだと言った。
彼女が幼い頃に読んでいたから白雪姫の内容は知っている。僕はただ、「……そう」とだけ返した。

「『まぁ! 何て美しい王子様なのでしょうか!』」
「『毒りんごを食べて、眠ってしまったのです』」

今日は文化祭当日。体育館の舞台上で、劇は佳境を迎えていた。体育館の入り口のすぐ横。壁に凭れて舞台袖から出てきた彼女を眺める。
風紀委員を巻き込んで練習していた甲斐はあるかな。“女優になれます!”と誰かが言っていたのをぼんやりと思い出した。
舞台上で彼女が、いつもと違う雰囲気で微笑む。それに、何故か苛立った。

「『貴方に永遠の愛を誓いますわ。だから、どうかわたくしの想いを受け取ってくださいませ』」
「『あぁ、嬉しいよ。僕の運命の姫君』」

彼女が口付けは“フリ”だと言っていた。実際にはしていないが、角度を上手く使って誤魔化している。だからなのか、しているように、見えた。それに、客席が騒がしくなる。
煩わしい。僕は幕が降りるのを見ずに、体育館を後にした。その足で、校内を見回るために校舎へと入る。
空き教室で群れている草食動物を咬み殺して回っていれば、「あっれー? なに?」「お姫様じゃーん」と風紀を乱そうとしている者を見つけた。僕の学校の文化祭で風紀を乱すなど、許されない。
トンファーで迅速に処理する。もう1人いたな。と視線を向けた瞬間、鮮やかなドレスが揺れた。一瞬、時が止まるような錯覚。
振り向いた顔は、見知った少女であるはずなのに。どこか違って見えた。

「何してるの?」
「えっと、」

彼女が何故かしどろもどろになる。こんな人気のない所で何をしていたのかと、彼女の言葉を待った。
不意に、誰かが彼女の名を呼ぶ。複数の足音がこちらに近付いてくるのに、この話は後で聞くことになりそうだと思った。しかし予想に反して、彼女が僕の手を引く。そのまま近場の空き教室に滑り込んだ。
ほぼ反射で扉を後ろ手で閉めて、身を屈める。彼女も隣でしゃがみ込んだ。倒れている不良に女子生徒は悲鳴を上げて、そのまま逃げるように走り去っていった。

「行ったかな?」
「うん」
「あのね、恭弥くん」

小声ではあるが、いつものように彼女が僕の名を呼ぶ。それに、少しだけ驚いた。

「劇、どうだった?」
「…………」
「……?」

その言葉に、先程の光景が甦った。よく分からない黒い苛立ちも一緒に。何も言わない僕に、彼女が首を傾げる。
名も知らない男と手を取り合う彼女。騒がしい客席から聞こえた“あんな可愛い子いた? 俺、タイプかも”などというふざけた言葉。あぁ、やめろ。汚い。彼女に握られたままになっていた手に力が入った。

「……くだらない」
「えぇ? まぁ、全員素人の学生だからなぁ」

何を勘違いしたのか、彼女が残念そうにそう溢す。妙な焦燥感に駆られて、空いていた手を彼女に伸ばした。
どうやったのかクルクルと巻かれた髪に触れて、それを彼女の耳に掛ける。現れた耳を飾るイヤリングに目を細めた。校内でそんなものを付けるな。

「早く着替えて」
「似合わない?」
「いつもの君の方がいいよ」

今の彼女は軽くではあるが、化粧もしているらしい。文化祭でなければ、全身校則違反だ。

「そっかぁ。ちょっとは可愛くなったと思ったんだけどな」
「まだ早いよ。君にはね」

どうしようもなく、苛立つ。彼女は僕の目の前にいるというのに。違う。僕の知らない彼女が存在する。やめろ。そんなものは存在しない。

「ねぇ、誰も来ないかな?」
「さぁ? どうしてだい?」
「んー?」

彼女が僕の瞳を下から覗き込むように見つめてくる。逡巡するように目を伏せたあと、急に立ち上がった。そして、恭しく手を差し出しながら微笑む。

「『麗しい王子様。わたくしと一曲いかが?』」

おどけたようにウインクまでした彼女に、目を瞬いた。意味を理解して、呆れる。

「君、踊れるのかい?」
「踊れない」

念のために、人の気配を探って扉の方を一瞥する。誰もいないようであったので、僕も立ち上がった。
彼女の手は取らずに、腰を掴んで持ち上げる。驚いたのか彼女の口からは素っ頓狂な声が飛び出た。バランスを取ろうと彼女が僕の肩に手を置く。
それを確認してから、その場で彼女の希望を叶えるためにクルクルッと回転してあげた。視界の端で彼女のドレスがふわっと広がる。
何度か回った後、彼女をゆっくりと地面に降ろした。彼女の瞳が喜色を滲ませ、いつものようにキラキラと煌めく。それに、苛立ちが消えていく感覚。

「お伽噺みたいだった」
「褒美だよ。頑張った君にね」
「ふふっ、嬉しい」

彼女は何を思ったのか、ドレスの裾を掴んで少し持ち上げた。どうやら、まだこの茶番を続けるつもりのようだ。

「『どんな豪華な贈り物よりも素敵な時間でしたわ』」
「まだやるの? それ」
「だって、折角だもの」
「ふぅん……」

彼女の言葉に、少し思案する。折角。そうだね。折角だ。意地の悪い笑みを顔に浮かべた僕に、彼女がきょとんと目を瞬いた。

「『僕だけに誓って』」
「へ?」
「はやく」

あんな男ではなく。僕に急かされて、彼女は目に見えてオロオロとする。

「『貴方だけに永遠を誓いますわ』」
「……そう」

こんな下らない感情に振り回されるなど、僕らしくもない。何故かな。いつか彼女は、僕の隣から消える気がしたからかもしれない。不意に、彼女が自身の小指を僕の小指に絡めてきた。

「約束、ね?」

不確かな口約束。それでも、絡まった小指を見つめて「うん」と頷く。君がそう言うのなら。

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