シムラクルムも我が物に

私はとあるマフィアの娘です。なかなかの規模を誇るファミリーで、それなりに有名なためパーティーなどにもよく出席します。
そこで知り合った方に見初められ、このたびお付き合いをする運びになったのですが、それをお父様に言っても信じて貰えず。お前は世間知らずだから騙されている、と。
そこからの流れで何故かお父様がいい人を見つけてやると盛大なパーティーを開き。私は今、沢山の男性に囲まれて震えています。助けてください。

「お噂以上にお美しいですね」
「い、いえ、そのようなことは……」
「いつも気づけば、蜃気楼のように消えているご令嬢にこうしてお会いできるとは」
「え、え?」
「ご存じないんですか? 目を離すと忽然と消えてしまわれるので、“蜃気楼令嬢”などと呼ばれていらっしゃるんですよ」

初耳です。それは、悪口なのでは? 男性の言葉に、苦笑いを浮かべる。
たしかにパーティーの場は怖いので、いつも隠れるか。逃げるか。兎に角、なるべく人目に付かないようにしていた。それがまさかそんな風に言われているとは思わなくて、更に居心地が悪くなる。
しかしそう考えると、行く先々のパーティー会場でいつも的確に私を探し出してしまう彼は、本当に凄いということになる。私の何を気に入ったのか……。追いかけ回された死の鬼ごっこを思い出して、ぶるりと震えた。

「寒いですか?」
「いえ、だ、大丈夫です」
「よければ、俺の上着をどうぞ」
「あの、本当に大丈夫ですので」
「遠慮なさらずに」

ぐいぐい来る男性に、オロオロとしてしまう。他の男性の上着を羽織るなんて、そんな危険な真似は出来ない。何故なら、彼に事情を説明したら“じゃあ、挨拶に行くよ”と言われたから。つまりは、この会場に殴り込みにくるということだ。
何とか断ろうと四苦八苦していたら、急にその男性がぶっ飛んだ。ガシャーン! と机を巻き込んで倒れる。視界で黒がはためいた。

「君達、何を群れてるの?」
「雲雀 恭弥!?」
「な、何でお前が……!」
「ここに、君達の出る幕は存在しない。早く帰ることだね」

いつもよりも低い声。穏やかな口調とは裏腹に、彼は苛立っているらしい。それも怖いけれど、男性達に囲まれる方が怖い。帰りたいです、本当に。
彼の登場に周りが気を取られて、私の存在が薄れたタイミングを逃さずに、いつもの癖で飛び込んだ机の下。テーブルクロスが私を隠してくれているのに安心して、息を吐いた。
のも束の間、テーブルクロスが乱暴に捲られて、卓上の物が遠くで割れる音が耳を打つ。思わず机の脚にすがり付いた。

「うわわ……」
「何してるの?」

光の中から現れたのは雲雀様。片膝を付くような体勢で屈んでいるが、彼は膝を決して地面には付けない。
呆れたような視線を向けられているけれど、雲雀様の顔を見たら安心して涙腺が緩んだ。半泣きになっている私を見て、雲雀様は溜息を吐く。

「か、帰りたいです」
「僕もそのつもりだよ。ほら、おいで。ドレスの裾が汚れるだろ?」
「ぐすっ、雲雀さま」
「君の泣き虫はどうにかならないのかい?」
「無理です」

差し出された雲雀様の手を取って、机の下から出る。立とうとしたら、抱き上げられた。所謂、お姫様抱っこだ。

「ひば、ひ、ひばりさま!?」
「このまま貰っていくよ」
「どこにですか!?」
「僕のところに」
「えぇえ!?」

狼狽えて叫んだ私に、雲雀様はムスッと口をへの字に曲げる。不服そうな視線に、目を瞬いた。

「何が不満なの?」
「え?」
「君に触れる権利も。隣の所有権も。何もかもを手に入れたのは、僕だ。違う?」
「ち、違いませんです、はい」
「うん」

一変して満足そうに雲雀様が笑う。こういう所が狡いのだ、彼は。何も言えなくなって、私は真っ赤になった顔を両手で覆う。
しかし、それに異を唱えたのはお父様だ。だって、何度言っても信じてくれなかったのだから。きっと、霧に惑わされている気分だろう。

「ま、待ってください! どういう、これはどういう事ですか!?」
「彼女から聞いただろ? 彼女は僕の婚約者になった」
「そっ、えぇ!? 本当だったのか」
「何度もそうお伝えしたではありませんか」

お父様が膝から崩れ落ちる。そんなに、衝撃的だったんですか。でも、まぁ……。それはそうなるのかもしれない。私だって、まだ夢現なのだから。

「あぁ、近々しるしを送るよ」
「しるし?」

首を傾げた私に、雲雀様は何て事のないような顔で「結納」と言った。ゆいのう。結納!? つまりは、結納の品を送ると。そういう事ですか。早くないですか。

「た、大切な娘なんです」
「……? 僕は大切にしているよ。今は」

今は。その言葉で再び甦った死の鬼ごっこの記憶。雲ハリネズミが後ろから飛んで来た時は、本気で心臓が止まるかと思った。それを避けたせいで、更に追いかけ回される羽目になった訳なのだけれど。
彼の中で何がどうなったのか。いつの間にか、退路を塞がれ囲われていたのだ。気づいた時には、何故か婚約者になっていた。まぁ、嫌ではないのでもう逃げられはしないのだけれど。

「心配はいらない。そうだろ?」
「はい、雲雀様」
「恭弥」
「あ、その、き、恭弥様」

大丈夫です、お父様。娘は幸せになれます、きっと。そんな思いでお父様を見たが、お父様はというと顔面蒼白で呆然としていた。
これは……。認めてもらうためには、もう少し説得する必要がありそうだ。ひば、えっと、恭弥様が強行手段に出る前になんとかしなければと、溜息を吐いたのだった。

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