ミールはここにある

レンガ調の道を足早に歩く。腕時計の針は、待ち合わせ時刻から既に30分程経ってしまった時間を指し示していた。
先程までの事を思い出し、苛立ちを隠しもせずに眉を顰める。全ての原因は小動物だ。どうしても手を貸して欲しい案件があると懇願してきたから、話だけは聞いてあげようと小動物の所へ行ったけど。会議だ何だと群れに僕を巻き込もうとするなんてね。
群れは咬み殺しておいたけど、まさか携帯を壊される事になるとは流石に予想していなかったな。話だけを聞いて早々と帰るつもりだったから、待ち合わせ場所には余裕を持って着いているはずだったのに。
気づけば待ち合わせ時刻間際になっていて、まだイラつきは治まっていなかったけど、あの子を怒らせる方が問題だと引き留める声を無視して出てきた。携帯で連絡を入れようとして、壊れている事に気づいたわけだけど。

「どうしようかな」

今日は普段、日本に居るあの子と久しぶりに会う約束をしていた日。
そういえば日本に暫く帰っていないなと、あの子の顔が脳裏を掠めたから連絡でも入れようかと思った。それを見計らったかのように、あの子の方から連絡があったのは丁度1ヶ月前のこと。

『連休が取れたから、海外旅行しようと思って! 恭弥くんは今、どこの国にいるの?』

なんて、暫く振りだと言うのにあの子の声はいつも通りで。もう少し何かないのかとイラつきもしたけど、イタリアにいる事を伝えるとあの子が喜んだから。久しぶりに会う約束をして、1ヶ月前から仕事を調整して休めるようにしておいたのにな。遅刻など許されない。仕事であっても私用であっても。

「イラつくな」

ゆっくり出来る筈だった。イタリアの街をあの子を連れて散策しながら、気に入った物を買ってあげて、喜ぶあの子を眺めながら、ゆっくりとする……予定だった。
あの子は怒るかな。待ち合わせ場所にいなかったら、探さなければならない。連絡手段はない。それでも、見つけ出さないと。
一本道を抜け、噴水のある広場へと辿り着く。待ち合わせ場所はここで間違いない。あの子を探して、辺りを見回した。
思わず口からあの子の名前がこぼれ落ちる。噴水の縁に腰掛け、俯いていた。あぁ、でも、そう……。来るかどうか分からない僕の事をそれでも、待って、いたの?
不意に、彼女が顔を上げる。僕の方を向いた彼女の目は、涙に濡れていた。それに、驚いて目を瞠る。僕を見つけたらしい彼女が立ち上がり、僕の方へと駆けてきた。

「恭弥くん、助けて!」

開口一番そう言った彼女に、眉根を寄せた。どうやら、僕が待たせたから泣いている訳ではないらしい。

「誰に何をされたの」
「睫毛に攻撃されてる〜!!」

彼女を言葉に、きょとんと目を瞬いた。つまりは、目に睫毛が入り痛くて泣いている。そういう事かと、溜息を吐いた。

「見せて」
「う〜……。丁度ね。鏡を出そうと思ってたら、恭弥くんの声が聞こえた気がして、」
「うん。いいから見せなよ」

かなり痛いようで、目を瞑ってしまっているのを指で無理に開ける。至近距離でユラユラと情けなく揺れる瞳を覗き込んだ。

「いたい……」
「少し我慢して」
「恭弥くん……」
「ほら、取れたよ」

目から睫毛を取り除いてやれば、彼女は未だに涙で濡れている両目を確認するように瞬かせた。そして、嬉しそうに笑む。あぁ、やっと笑った。

「ありがとう、恭弥くん」
「うん」

涙をハンカチで軽く拭った彼女は、じっと僕を見上げる。言う言葉を見つけられずにいた僕は、口を引き結んだ。そんな僕を見て、彼女は可笑しそうにくすりと笑う。

「怒ってないよ」
「…………」
「何時間でも待ってるよ。だって、ずっと恭弥くんに会いたかったからね」

喜色を滲ませた瞳が細められるのをただ見つめる事しか出来なかった。彼女の言葉をゆっくりと反芻して意味を咀嚼する。
彼女だけだ。この世でただ1人。彼女だけが、僕をこんなに浮わついた心地にさせる。

「さぁ! 私の胸に飛び込んでおいで!」
「どうして君はそう……」
「いいから、ほら! 骨がきしむ程抱き締めてあげよう!」

腕を大きく開いた彼女に、広場にいた人間の好奇の視線が向けられる。呆れながらも彼女を腕の中に閉じ込めた。牽制するように周りを睨めば、向けられていた視線が慌てたように逸らされる。口ほどにもないな。
腕の中で彼女が「ぎゅー」などと口に出しながら楽しげに抱き締めてくる。これで力を入れているつもりなのだから、有言実行には程遠い。

「恭弥くんが居ると、世界は更に彩り豊かに煌めくのさ!」

おどけたように、彼女が笑う。満足したのか離れようとする彼女を今度は僕が抱き締めた。久方ぶりに感じる彼女の体温に、目を閉じる。
それはきっと、

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