01

世界に入るには?

ジェイドは面白がっていた。
焦ったような笑みを浮かべて、ジェイドとフロイドの前に立つ2人の男子生徒。ハーツラビュル寮のエースとデュースだ。
2人が早々と会話を終わらせ逃げようとしていることなど、ジェイドには手に取るように分かった。勿論、理由も。
2人の後ろで小さく縮こまっているのだろう頭が見える。エースとデュースも決して背が低い訳ではなかった。ないが、如何せんジェイドとフロイドが高すぎるのだ。この身長差では後ろの生徒を隠しきれない。
しかし、ジェイドは不思議でならなかった。
ホリデーでは色々とこの後ろに隠れている生徒を助けたのは自分達であり、同じ部屋で寝た仲だと言うのに、何故隠れているのか。何か後ろめたい事でもしたのだろうか。心当たりはないが。
ジェイドとフロイドは顔を見合わせると、目だけで会話をする。ニッコリと笑い合うとジェイドがエースとデュースに話し掛け気を引き、その隙にフロイドが凄い速さで2人の後ろへと回った。

「ばぁ!!」
「……っ!?」

後ろに隠れていた頭が分かりやすくビョンッと跳ねて、ジェイドはおやおやとほくそ笑む。デュースが守るようにフロイドの前へと慌てて立ち塞がった。

「勘弁してやってください!」
「こいつ、すっっっっげーー!! 人見知りなんすよ!」
「人見知り、ですか?」
「えー? そーなの? そんな感じじゃなかったじゃん」
「僕らでさえ、やっと目が合うようになったんです!」
「ほら、あの! ピンチハイみたいな? ヤバい時だけ何か降りてくるんで!」

ワタワタと説明をしてくる2人に対して、その2人に前から後ろから守るように挟まれた当人、オンボロ寮の監督生はグリムを抱き締めて縮こまっている。
俯いているため、ジェイドの目の高さからでは旋毛しか見えない。グリムが監督生に何か言っているが、聞き取る事は出来なかった。

「おい、廊下の真ん中で邪魔なんだよ」
「かつあげッスか?」

シシシッ! と特徴的な笑い声が聞こえ、視線をそちらへと向ける。サバナクロー寮のレオナとラギーだった。
ジェイドはにこりと人当たりの良い笑みを浮かべ、「ご挨拶をしていただけですよ」と返す。

「えぇー? 本当ッスか? ユウくん、びびって縮こまっちゃってるじゃないッスか」
「ラギー先輩、こんにちは」

監督生が素早い動きでラギーの方へと走っていく。さっと盾にするように、後ろに隠れた。ラギーは驚いたような顔をしていたが、後ろで困ったような表情を浮かべる監督生を見て、やれやれと言いたげに溜息を吐く。

「ユウくんの人見知り、ナメない方がいいッスよ」
「ラギーさんには随分と懐いているようにお見受けしますが」
「まぁ、努力したんで」

ニマニマと勝ち誇ったような人の悪い笑みを浮かべたラギーに、ジェイドは目を瞬いた。監督生と仲が良い事に、それ程の価値があるようには思えなかったからだ。

「ねぇ、小エビちゃん。遊ぼ〜よ」
「えっと、その……。授業があるので」
「いーじゃん。サボろ?」
「こ、困ります。グリム……」
「オレ様サボるのは良いゾ」
「駄目です」
「分かってるんだゾ……」

グリムは不貞腐れたような声音で渋々とそう言う。くりくりとした瞳でフロイドを監督生の腕の中から見上げた。

「ユウと遊びたかったら仲良くなることだな。こいつの人見知り? は凄いんだゾ。全然目が合わねぇって、クラスの奴らが一喜一憂してたからな」
「おやおや、それは凄いですね」
「まぁ、オレ様は楽勝だったんだゾ! 余裕で目も合うし、笑顔だっていっつも見てるんだゾ!」

ドヤァ! と鼻息荒く言い切ったグリムに、これまたジェイドは内心で首を傾げる。先程の“凄い”は、監督生と目が合う合わないだけで一喜一憂する生徒達に向けた嫌みのつもりだった。
しかし、グリムといいラギーといい……。監督生と仲が良い事をステータスのように言う。この少女の何がそこまでさせるのか、少しばかり興味が湧いた。

「オレだって? 何回も笑顔見てるし?」
「最近はよく笑うようになったよな」
「ユウくんの笑顔とか、超レアじゃないッスか? レオナさん見たことあります?」
「ねぇよ。それが何だ」
「オレもあんまり見ないんスよね〜。たまには笑ってくれても良いんスよ? な〜んちゃって」

ラギーが楽しげに笑い声を漏らした。監督生はそれを見て、きょとんと目を瞬く。次いで、へにゃと相好を崩した。それに、双子とグリム以外の動きが止まる。

「ふふふっ、何ですかそれ。私そんなに笑ってないです? そんなことないと思うんですけど……。ね? グリム」
「オレ様に聞かれても知らねぇんだゾ」
「ラギー先輩の笑い声聞いてると、何だか楽しくなります。釣られるね」
「そうか〜?」

コロコロと笑う様が、いつもよりも幼く見えてジェイドはマジマジと監督生を見つめた。そう言われてみれば、彼女の笑った顔など見たことがなかった気もする。いつも緊張したような、強ばった顔をしている印象だった。
急にレオナが監督生の頭を鷲掴む。それに「ひぇ」と監督生の口から情けない声が出た。周りが慌てたようにレオナに声を掛けるが、レオナは監督生の顔をマジマジと見つめるばかりで何も言わない。

「な、何なんだゾ!」
「ハッ! なるほどな。寮生の1年坊共が騒いでやがったのは、これか」
「あの、レオナさーん?」
「ラギーがせっせと世話焼いてやってんのも、これ目当てか」
「うっ、ほっといてくださいよ。癒しなんスから、これ。懐いて寄ってくんのも結構可愛いし」
「へぇ?」

ニマニマと楽しげにレオナが笑う。監督生の頭から手を離すと、額を人差し指で小突いた。

「いっ!?」
「辛気くせぇ面よりは良い。いつもそうしてろ」
「は、はい……?」
「次の授業は何だ」
「え、え、あの、魔法史、です?」
「行くぞ、ラギー」
「はいッス。ユウくんも行きましょ」
「へ?」
「レオナさんが送ってくれるらしいんで。護衛ッスよ、護衛。こわーい先輩に絡まれないように、ね?」

ちらっと双子に視線をやって、煽るように目を細めたラギーは、悪戯にシシシッと笑う。「ほらほら〜早くしないと遅刻しちまうッス」とラギーは監督生を急かした。
それに、ワタワタしながらも監督生はレオナの後を追って歩きだす。それに合わせて、ラギーは監督生の隣に並んだ。

「ちょちょちょっ!? オレらもいるんですけど!?」
「待てユウ!」
「つーか、護衛ってなに!? 金取る気なら無駄だぜ! ユウに金はねぇ!」
「ユウくんもカツカツ? しょうがないッスね〜。お友達価格、特別に無料ッス!」
「おともだち……」
「え、」

驚いたような声音で繰り返された“お友達”に、ラギーの顔が一瞬で強張った。監督生がじっとラギーの瞳を見つめる。ラギーは居心地悪そうに耳をへた……と伏せた。

「お友達価格……ありがとうございます。ラギー先輩」

嬉しそうに頬を緩めた監督生に、ラギーの耳が今度はピンッと上がる。誤魔化すように咳払いをして「今回だけッスよ」と、仕方なくだと主張するように拗ねたような表情を浮かべた。

「エースとデュースも行くでしょ?」
「行くけどね!?」
「まぁ、お前が良いなら良いよ」
「あー! もう!」

デュースは困ったように笑いながら、エースはガシガシと頭を掻き渋々といった顔で、2人は監督生を追って歩き出す。リーチ兄弟は完璧に蚊帳の外であった。

「はぁ〜? まだ話の途中なんだけど」
「しつけぇな」
「まぁまぁ、フロイドくん。今日の所は一旦引いて、態勢を整える事をオススメするッス」
「なるほど? フロイド、ここはラギーさんの言うとおりにしておいた方が良さそうです」
「えー?」
「我々も授業に遅れてしまいますよ」

ジェイドの言葉にフロイドは納得がいかないという顔をする。小声で「お楽しみはとっておいては?」とジェイドが耳打ちすれば、気分が変わったのか一変して笑みを浮かべた。

「小エビちゃん、ばいば〜い! またね」
「さ、さようなら」
「えぇ、さようなら」

ヒラヒラと手を振るフロイドに、監督生はペコペコと頭を下げながら歩いて行く。新しい玩具を見つけたように楽しそうなフロイドを見て、おやおや、監督生さんも大変だ。と、ジェイドは他人事のように考えたのだった。


などという事があり、3日後のこと。寮の部屋で、つまらなさそうな。不機嫌極まりないフロイドがベッドに座り、不貞腐れていた。それに、ジェイドは首を傾げる。いったい、何があったのかと。

「フロイド、何かあったんですか?」
「つまんなーい」
「おや? 最近は監督生さんと遊ぶのが楽しいのではなかったんですか?」
「だって、小エビちゃん全然こっち見ねぇし。会話も続かねぇし。直ぐに逃げるし〜」

フロイドがベッドへと倒れる。どうやら、監督生の“人見知り”は本当の事であったらしい。気分屋で飽きっぽいフロイドのことだ。これは……。

「飽きた」

ジェイドの予想通りの言葉を呟いたフロイドは、そのまま寝る体勢になった。まぁ、また何が切っ掛けで興味を持つか分からないのがフロイドであるので、ジェイドは特に気にすることなく話を終わらせる。
ジェイドもフロイドと同じく監督生に興味があった。正確に言うならば、少々興味の種類は違うのだが。兎に角、ジェイドも監督生と話をしてみたかった。フロイドが楽しそうなので、この3日間は手出しをせずに過ごしてきたのだ。
明日、挨拶をしてみようかとジェイドは楽しげに口角を上げる。あの少女の何にそこまでの価値があるのかが知りたかった。ただ、それだけ。

「どうやって仲良くなりましょう」

まずは情報収集が必要だろうか。フロイドの言う通り、フロイドとまともに話している姿を見た記憶はない。
話を聞くなら、“仲良し”を豪語していたグリムが適任か。それとも、同じクラスのエースかデュースか。まぁ、それ以外にも情報収集の手段ならばある。楽しみだと明日に備えて、ジェイドも電気を消してベッドへと潜り込んだのだった。

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