もう一人の仁王
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「……ただいま…」
「おかえり、走って来て疲れたじゃろ?
おやつ用意してあるから手洗ってきんしゃい」
「…はい」
もしかしたら…そんな可能性でしか考えていなかった存在が僕の目の前に現れた。
しかも自宅の玄関を開けて和かに出迎えてくれて、お茶まで用意してあると言う…
「一旦落ち着け、俺…」
先ずは息を整えて手洗ってうがい!そう思って洗面所へと来たが、心臓はさっきから跳ねたままだし汗も吹き出して来る。
「何も考えず、あの人の話を聞いていればいいんじゃ」
じゃないと頭が可笑しくなる
…いや、もう可笑しくなってるか
だってそう自分で考えて結論をつけたから家に走って帰ってきたんだ…
潤斗は顔を洗って両手で自分の頬を叩き覚悟を決める。
今頃、自分用にコーヒーを用意してくれているであろう自分と瓜二つな彼に何を言われてもいい様に
彼が自分に『身体を返せ』と言ってきてもいい様に…
「まぁ先ずは食べんしゃい。
潤斗が好きなレアチーズケーキじゃよ
あ、コーヒーは砂糖1と牛乳2で良かったかのぅ?」
「あ、はい、ありがとうございます…」
いつものテーブルに座って勧められたコーヒーとケーキは正に自分の好み通りで、一瞬戸惑う。
「(何これ超美味い…!!これおかわり有るかな?有ったら貰っていいかな?!)」
「(可愛ぇのぅ)」
「(とりあえずゆっくり食べて…)
っ!!」
口の中をコーヒーで流し、夢中で食べていたケーキの横へフォークを置いた。
つい夢中になっていて忘れてしまっていた本来の目的を口にした。
「急に変なことを聞く様で悪いんですけど…
貴方は…猫のマサハルですか?」
「…そうじゃよ」
正直そこまで分かってるとは思わんかったぜよ
俺は潤斗の事を見縊っとったのかもしれんのぅ
「邑から俺の事…いや、お前さんが仁王雅治の身体に転成したって事を聞いたんか?」
潤斗は頷く。
その様子にやっぱりなと雅治も頷く。
「そんでもって、飼い猫=俺だと気付いたお前さんは俺に身体を返せと言われると思ったんじゃな?
小鳥遊潤斗」
目の前の細められた目に、ビクリと震えながらも怖ず怖ずと口を開く。
二人とも同じ身体、同じ顔、同じ声…
それでも、何故か目の前の仁王雅治が怖かった。
「っ、だ、だって、今になってその姿で現れたってことはそういう事ですよね…?」
自殺した自分にはもう十分過ぎる程生きた。
幼い頃に出会った2人の同級生のおかげでまたテニスをすることができた。
仲間も出来た、邑にもまた出会えた。
もう十分だ…
「まぁ、間違ってはおらんな」
目をギュッとつぶり、大丈夫だと自分に言い聞かせる潤斗は気付かなかった。
口元を吊り上げ静かに近付いてくる仁王雅治に…
「…覚悟は、出来とるんじゃな?」
潤斗は躊躇いながらも頷く。
大丈夫、僕は本来行くべき場所へ行くだけだ…!
伸ばされた手が触れた瞬間、潤斗の身体はビクリと跳ねる。
そして、聞こえてきた声…
「フ…ハハハハッ!」
「え…」
急に笑い出した雅治にキョトンと顔を上げると、自分よりも少し低い体温に包まれた。
「やっぱり飽きのぅ!お前さんを俺の身体に入れて正解じゃった!」
「……へ?」
目をこれでもかと見開き、パチパチと瞬きする。
自分を抱きしめる横顔は、一頻り笑うと離れて行った。
「あーもー、可愛かのぅ!
別に俺はその身体はいらんよ。今は猫のマサハルの身体が有るしの。」
「え、えと…?」
?を浮かばせる潤斗の頭に手を伸ばし、雅治は優しい笑みを向ける。
「今、その身体は死ぬまでお前さんの身体じゃ。好きに使いんしゃい」
「……雅治、さん…」
「何じゃ?」
潤斗は精一杯の笑顔で精一杯の感謝を伝える。
「ありがとう」
この世界に連れて来てくれてありがとう
またテニスをさせてくれてありがとう
仲間に出会えさせてくれてありがとう
また、邑に会わせてくれてありがとう
「プリッ」
笑顔を浮かべる頬を流れる涙に、猫はただ寄り添った…
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