永遠のときを|君に、祈る

元ネタ:怖い話まとめブログ 洒落怖まとめ105 『霊は生前の記憶を繰り返す』

 ***

彼女は確かに言った。

「どうして止めてくれないの?」

それは、初めて彼女の行為を目撃してから一年と数か月が経ったときだった。


マウンテンバイクに憧れを抱いたのは、小学生のときに見たそれがきっかけだった。
その日は保護者参観で、校庭の一画に並んでいた大量のママチャリに、1台だけあったマウンテンバイク。
当時の俺の、年相応な自転車にも似たような形はたくさんあった。
それを選んでいたのは、周りの「カッコイイ!」と囃したてられていたからであって、その大人用のそれを見た時、青い言い方をすると、"ビビッときた"。
大人になったら、あれに乗りたい。
子ども用の、あんな"なんちゃって"な自転車じゃなくて。

それが現実味を帯びてきたのは、体格も大人に近づき、お小遣いを貰えるようになった頃だった。
店頭に並んでいるマウンテンバイクの値札を見たときはさすがに目をむき、しばらく眉間にしわを寄せながら棒立ちしていたが。
帰宅して、月々のお小遣いとお年玉を計算し、ようやくそれを手にできたのは中学二年生の冬。
初めてマウンテンバイクを走らせて、一つ隣の駅まで走っていたときに、俺は彼女を目撃した。


カンカンと聞こえてくる踏切の音に、ゆっくりと愛車を減速させていった。
踏切のすぐそばには駅があり、そこに滑り込もうとする電車に乗りたいのだろう人々が、小走りに駆けこんでゆく。
相次いで、同じように電車が減速しながらホームに滑り込んでいく。
中にいる人はまばらで、ぼんやりと外を眺めていたり、座ってケータイをいじっていたり本を読んでいたり。

そういえば、朝読書用の本を買っていなかったな。
この先にそれなりに大きな本屋があった気がする。
でも、活字なんて読み慣れてないし、どんな本がおもしろいかどうかなんて分からないし。
漫画とどっこいどっこいの厚さなのに、漫画よりも高いしなあ。

バイクに跨りながら、ぼんやりと電車がホームを去っていくのを見届ける。
まだ遮断機があがらないのは、相次いで反対側のホームに電車がいざ滑り込もうとしていたからだった。

そこに、彼女がいた。
青白い顔をして、無表情で、目がどこか虚ろな。
壁沿いに設置されているベンチで、ぼんやりとしている。

電車が来るというアナウンスが入る。
立ち上がる。
危ないですので、とアナウンスが入る。
歩き始める。
白い線の内側で、というよく聞く忠告が入る。
彼女は止まらない。

あっという間だった。
初めてみる光景に、吸い込んだ空気を吐き出すことができない。
鈍く光る鉛色。
灰色のアスベスト。
ゆっくりと肩を動かして息をする。
電車が走り去り、踏切で人が往来をはじめても、俺はそこから動けなかった。


翌日、同じ道を通った。
電車は、彼女を轢いた後も、一刻も遅れず発車した。
彼女は、まるで日常を過ごす様に、立ち上がり、歩き始め、止まらない。

翌々日、また同じ道を通った。
電車が滑り込む。彼女が飛び込む。

一年と三か月後、その路線を使い始めた。
電車が止まる。少女がいる。電車とすれ違う。

一週間後、出来心でその駅を使い始める。
わざと一本逃す。電車が来る。少女が飛び込む。


習慣化してしまった光景に、もはや恐怖も好奇心も消え失せていた。
ただの日常の風景である。
あ、もういない。
あ、まだ座ってる。
遅刻するかしないかの判断基準だ。

ある日、いつもより早く駅に着いた。
珍しく早起きができ、おまけに寝起きもよかった。
いつもより五分早く家を出発すれば、十分も早く駅に着けたわけだ。
身に馴染み始めた制服、進学祝いに買ってもらったウォークマンとヘッドフォン。

向かいのホームを見る。少女がいる。
電車が来るアナウンスが入る。わざと逃す。
向かいの電車が来る。彼女は立ち上がる。歩く。
白い線の内側で、というアナウンスを無視し、電車に飛び込む。
電車は止まらない。いつも通り。

「あ」

自分でも、変な声が出たと自覚した。
前を通り過ぎていく社会人が、訝しげな表情でこちらを見る。
今の電車は何分発だ、壁に掛けてある時刻表に視線を移す。

"いつも通り"

鳩尾のあたりが妙に冷たい。
電車が入ってくるというアナウンスが聞こえる。
いつも俺が逃しているのはこの電車のはずだ。
少女の方を見る。サラリーマンがいる。

足元に人の顔がある。
見えてはならないはずの真紅の頭部。
虚ろな目でこちらを見ている。
赤黒い顔に浮かぶ、二つの目。
目が合った。

まるで映像を早送りしたような動きでこちらの線路に来る。
白い線の内側に、と女性の声がホームに響いた。
電車が滑り込んでくる前に少女はホームに上がる。
誰も彼女に声を掛けない。
ベージュのニットは血とも泥とも分からぬ色になっている。
ムッとした不快な匂いが鼻を突く。
虚ろな瞳には、俺の引き攣った顔が移っていた。

その日、彼女は確かに言った。

「どうして止めてくれないの?」

それは、高校に進学して間もない頃だった。


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