死が彼女を嫌う|不死鳥に恋をする

「慶くん、また大きくなったね」
「苗字さん!」

教会に足を運ぶのは久しぶりだった。
求導師である怜治とは級友で、時折会っては話をしている。
そんな彼が養子をとったと聞いたときの心境は、驚きと安堵だった。
彼に後継ぎはおらず、失敗の責任を取るには段階が早すぎた。

「見て、八尾さんに教えてもらったんだ」

少年の手には、三つ葉とシロツメクサでこしらえた冠が握られている。
そろそろ年頃になる男児にしては、扱いに慣れていた。
しかも、それを自分で作ったというのだから驚きだ。
素直に褒めると、誇らしい笑みを浮かべる。
その後ろから黒い求導師の服を身にまとった怜治がやってきた。

「名前、久しぶり」
「やあ怜治。今大丈夫かい?」
「ああ。ちょうど人が捌けた所だ」
「いつも大変だね」

中に入れてもらうと、やはり赤い求道目の服を身にまとっている彼女がいた。
軽く会釈をして、彼と懺悔室に二人きりになる。

「それで今日は、なんの話をしにきたんだ」
「ああ。ちょっとした謎があってね」
「謎、」
「なんというか、不思議な話なんだ」

そこで話すのをやめて、聞き耳を立てた。
懺悔室の、扉の向こうの気配を探る。
怜治も次の言葉を、じっと待っている。

「八尾比丘尼、という人魚の伝説は知ってるか?」
「…知らない」
「人魚の肉を食って、永遠の命を得た女性の話だ」
「それが不思議な話?」
「その女性は家族友人を失い、尼として全国を渡り歩いて最後は自分の故郷で亡くなる。僕は、ぜひ彼女の最期を見てみたいと思ってる」

顔を上げると、怜治は訳が分からないという顔をしていた。
こうした伝説は日本に限らず、全世界に残っている。
この小さな村には世にも珍しい、湖にたどり着いた話もある。
ふと、部屋に硬い音が響く。揃って窓を見てみると、そこには握られた小さな手があった。
怜治が「慶か」と息を漏らしながら近づく。
その横顔はどこか和やかだが、若干疲れているようにも見えた

「だいじょうぶか?」
「ん、ああ。新しい冠を作ってるみたいだ」

ゆっくりとした口ぱくで何やら慶と会話をし始める。

「…今日はここで失礼するよ。話を聞いてくれてありがとう」
「これだけでいいのか? いつもはもっと話すのに」
「ああ。明日は少し早いんだ」
「明日? 明日は亜矢子さまの家庭教師だけでは」
「その亜矢子さまからね。僕の貸した本を読み切ってしまったから、続きの本を早く持ってくるようにと、せがまれてしまって」

なるほど、と頷く慶に、また次は話の種を持ってくると約束する。
部屋を出れば、教会の掃除をしている八尾さんがいた。
目が合うと、「今日は早いですね」と微笑みながら返される。
赤いフードはもう取っていて、漆黒の髪が露わになっている。

「八尾さん。今日はこれで失礼します」
「はい。またいらしてください」
「ところで、今年はあかぎれは大丈夫ですか?」
「あかぎれですか」

赤い布切れを取り去りよく見えるようになったその表情は、きょとんとしている。

「ええ。以前、水仕事が大変だと言う話をされていた気が…勘違いなら申し訳ない」
「最近はとくにあかぎれには困っていませんね。たぶん、新しいハンドクリームのおかげだと思います」

笑顔でそう語る彼女の顔が、一瞬強張ったのを見逃さなかった。
彼女と、名の知らないあの女性はよく似ている気がしたのだ。
他人の空似と決定づけたくとも、あの女性の情報が一切手に入らなかった。
ただ、ちょっとばかし親交を持っていた神代家の古株の女中によれば、数年前に大事をしでかして村を追われた若い女中がいたらしい。
ではどんな女性だったかと尋ねると、それが考え始めると急に頭が霞掛かってね、と。

「それでは」
「お待ちしてます」

秋物のコートを羽織り、外にでる。
夕焼けにトンボが似合う時期になった。
亜矢子さまに頼まれた図書と、それを好むならと勧めたい図書を復唱しながら、夕焼けを眺めた。

(なんど死んでも死ねないんだ)


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