道祖神A|道祖神は何も語らず

この付近にまでやってきた理由には、きっかけらしいものはなにもない。
単なる廃墟マニアとして、廃屋群があるらしいという噂をどこかで聞いたのだ。
盆休みの前に一週間の長期休暇がもらえ、実家に帰るまでだらだらと過ごすぐらいならと、気まぐれで足を運んだようなものだった。

しかし、一、二時間程度で終わらせるはずだった散策が、どこでどう道を間違えたのか、五時間にも及ぶ迷宮探索へと化してしまっていた。
目印にと思っていた石像が周期的にいくつも現れて――それが、同じ道をぐるぐると歩いていると気づいたときには遅かったのだ。
ためしに反対方向へ歩いてみれば来たときとは違う鬱蒼とした森になり、慌てて引き返して先ほどに至る。

青年いわく、あの石像は道祖神というものらしい。
ああいう旅人が使う道にあり、その道を使う人たちの安全を守る存在だという。
言うなれば安全祈願のために建てられた石像。
では地蔵とはどう異なるのだろとは思って口にしてみれば、道祖神にはもう一つ役割があるという。
旅人が連れてきた"悪いモノ"を村に入れない役目もあるというのだ。

「悪いモノ?」
「余所者はだいたい笑うがな」

妖怪や幽霊の類いとはまた違うらしい。
"悪いモノ"は"悪いモノ"なのだという。

ふと、青年が横へ逸れた。
なんだと思って足下を見るが、なにもない。
次に天を仰ぎ、周囲を見渡した。
しかし異常はどこにも見られない。

「分かれ道だよ、分かりづらいだろ」
「えっ、あ、はい」

ずんずんと茂みに進んでいく青年を追っていけば、たしかにそこに道はある。
獣道のように狭く草だらけだが、しっかり土が踏み固められていた。


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