明晰夢

全く見知らぬ林の中を歩いていた。
当然と言えば当然だ。
そもそも私の行ったことのある場所に林はないし、自分のいる場所が分かるという能力を持っているというわけでもない。
それに、林なんてどこを歩いても似たような風景にしか感じない。

ただ、フワフワとした心地良い気分と、どこか遠くから聞こえてくる音に、なんともいえない高揚感を覚える。
知らない道なのに不思議と足取りは軽く、時折見える自分の腕には白い服が着せられていた。
しかも血糊のようなものがついていて、よく見ようにも体の自由が効かない。
ただただ心地良さと高揚感の波に呑まれて、林の道を歩いていく。


暗転して、別の場所に立っていた。見知らぬ場所、建物内だ。
目前の扉は開いていて、部屋の中が良く見える。
室内にある薬瓶のような瓶やファイルの入った棚を見る辺り、ここは病院の一室のようだ。
(そういう意味では、見覚えのある場所であるが。)
中には、ベッドに腰掛ける黒服を着た男と、窓のそばに立ち、外を眺める女性がいた。
何やら会話をしているようだが、何の話をしているのかは分からない。
ただ、女性の後ろ姿は、どこか見覚えがあるような気がする。


また暗転した。また、見知らぬ場所。
ここで気が付いた。
―――あぁ、これは夢か。
夢ならば、知らない場所を転々としても不思議はない。

今度は襖ばかりの部屋。
長年手入れがされていないのか、そもそも人が住んでいないのか、ところどころ破けて穴が開いている。
汚れも目立ち、せっかくの桜の模様が台無しではないか。

―――桜?
たしかによく見れば、襖はどれも桜模様だ。
しかしそれは、これらが桜の模様であるという先入観があるからこそ、気がつける。
それほど襖は汚らしい。なのに何故、私はこれらが桜模様だと気がついたのだ。

ふと、背後から視線を感じた。
振り向くと、破けた穴から誰かの目がこちらを伺っているではないか。
この目もどこか見覚えがある。誰だろう、私のよく知る人物だ。
その目に恐怖は感じなかった。
立ち上がり、その襖へ近付く。

「誰……?」

できるだけ優しげに声を上げ、襖を開けると―――


「おい、おい」
「……?」

肩を強く揺さぶられ、うっすらと目を開けた。
目の前には宮田の顔があり、目を見開く。
すると宮田もそれに驚いたようで、肩から手を離すと体を引いた。
寝違えたのか、首に変な違和感を感じる。
首を曲げても鈍痛は走らず、骨の鳴る音すらしない。
なんだろう、この痛みは。

「何? 急に起こして……」

壁掛け時計は五時を指しており、外を見るとうっすらとした明るさ。
まだ朝なのだろう、朝の講義が遅い私には早すぎる起床だ。

「いや……」
「?」

歯切れの悪い宮田に首を傾げていると、今度は身体に違和感を感じた。
寝る前は着慣れたスウェットを着ていたのに、どこか動きにくい。
視線を落とすと、夢で見た白い服を着ていた。

それも、看護婦が着るような白衣だった。


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