シーフード

「苗字さん、食べないんですか?」
「…………」
「先ほどのことは謝ります」

だから、そんな顔しないで早く食べてください。
そんなことを無表情で言われても、何も思わない。口も進まない。
宮田に出されたオードブルは完食されているが、私に出されたオードブルは一口も減っていない。
というか、フォークにすら触れていない。ここの料理が美味しい事は知っていたが、この男の前では食べたくなかった。
もしかしたら、大家さんは少し気を使ってくれたのかもしれない。ただただ申し訳ない気分だけが募る。
一口だけ食べ、後は下げてもらった。持ち帰りができる店であれば良かったのに。

「口に合いませんでしたか」
「シーフードはあまり好きじゃないんです」
「そうですか」

宮田を見ると、新たに出されたメインを黙々と食べていた。
その顔には、やはり無表情しか貼り付けられていない。
その無表情を、無性に崩してやりたい。
野心という表現が正しいのだろうか。車での仕返しをしてやりたかった。

「“みな”さんって、誰ですか?」

それまで無表情だった宮田の顔が、一瞬引き攣ったのを見逃さなかった。
こいつは、初対面で私を『みな』と呼んだ。二度も。
しかも、―――お前、“みな”じゃないのか―――最後にそう言って黙り込んでしまったのだから。
その女性(で正しいのかすら分からないが)について聞いても、一切口を開か居ないのだから、興味が湧く。

「知り合いです」
「それは分かります。女の人ですか?」
「……まぁ」
「最初、私を“みな”って呼びましたよね、あれってなんですか?」
「彼女に似ていただけです」
「他人の空似ですか」
「……じゃないと納得がいきません」
「?」

宮田は、残っていた貝をまるで急ぐように口に頬張る。それを見てなのか、自然と腹の虫が鳴ってしまった。
お腹を抑えても時すでに遅し、それを聞いた宮田は、食べればいいのにという視線を送ってくる。
少し、どうでもよくなってきた。前、彼氏から「お前との喧嘩はやりにくい」と言われた事があったような気がする。

「シーフード、嫌いだったんじゃないんですか」
「背に腹は代えられないでしょ」

塩気の濃い貝柱は、前と変わっていなかった。


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「見えない臓器の名前は」
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