宮田という男

「ねえねえ。あの人、チョー格好良くない?」
「どの人?」
「ほら、あの校門にいる青いT-シャツの人!」
「あぁ、あの人。遠目で良くわからないや」
「メガネ貸してあげるから!」
「えぇ」

その会話を聞いて、顔を上げた。と、同時に足を止める。
自分の前を歩いていた二人が、私の嫌な記憶を突くワードを言ったからだ。
二人は相変わらずキャピキャピと騒いでいて、見ると確かに校門には青いT-シャツの男性が立っている。

宮田だった。遠目で分からないが、明らかにこちらを意識している。
きっとこちらが宮田を発見したのには気が付いただろう。逃げれば、逆鱗に触れるかもしれない。
溜息を吐いて、止めた足を進めた。


大家の交渉は、出来る限り受けたかったが、今回ばかりは無理だ。赤の他人の男を泊めるなんて。
しかし、大家のイケメン好きは思ったよりも重度だったらしい。
最終的には「仕方がないわ、次に入ってくる人は断りましょう」とまで言ってきた。
そこで、やっと良心が湧いてきた。いや、傷んだというべきか。新しい住居人に。
新しくやってくる人は長野から妻子を置いて転勤してくる人らしく、やっと理想にあった場所を見つけたとかどうとか。
単身赴任するような人に、絶望を見せるのは酷だ。私の良心がそれを許さない。変な正義感のせいで、私はそれを了承してしまったのだ。

了承したは良いが、宮田はやはり愛想の無い人間だった。
礼儀正しく気を使ってくれているのは分かるが、やはりどこか冷たいというか、素性も分からない。
自己紹介も「宮田です」とだけ言うだけで、例の彼のいた場所や地元について訊いても教えてくれないのだ。

「どうも」
「どうも」
「その車はどうしたんですか?」
「大家さんが貸してくれました」
「あぁ、」

宮田との会話は、同じ学部のアイドルオタクの会話以上につまらなかった。車についても、それだけ。
車については、心当たりがあった。確か、大家さんの亡くなったご主人の物だ。
30代ぐらいの子息がいたが、上京するのに「自分で買う」と言って置いて行ったと聞く。
せっかくカッコイイ車なのに。が、赤の派手なボディで、自分が乗るには確かに気が引けるかもしれない。
しかし、宮田が乗ると様になっていた。彼に貸したのは名案かもしれない。悔しいが。

「昨日はなぜ帰らなかったんです?」
「大学の友達から飲みに誘われて。そのまま友達の家に泊まったんです」
「電話をしてくれれば迎えにいったんですが」
「携帯電話、持ってなくて」
「固定電話があるでしょう」

友達に飲みに行ったのは事実だが、誘われたのではなくこちらからお願いして泊まらせてもらった。
誰だって、赤の他人と自分の家で夜を過ごすのは気が進まないだろう。特に、ごく普通の女なら。
電話ぐらい、入れてくれれば良かったんですがね。大家さんにでも。
こいつの言葉は、どうも頭に来る。それを最後に黙り込んだのが幸いだった。
車の走行音だけが車内に響き、ふと気が付いた。

「ちょっと、どこ行くの?」
「近くに良い店があると大家さんに聞きました」
「……それで?」
「招待券を貰ったので、一緒に行こうかと」

断る!
叫んで扉のロックを解除した―――が、宮田は車を止める様子は一向に見せず、開いた扉から暴風が入り込む。
焦り、急いで扉を閉めた。宮田を振り向くが、恐ろしいほどに無表情だ。私など、一ミリも気にしていないかのように。
普通だったら、驚いて車を止める所だろう。なのにこの男は―――。
宮田はこちらに視線だけ向けると、冷たく言い放った。

「死にたいんですか?」


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