現代:苗字名前

「今日も休講か……」

夏になり、炎天下に晒されながら掲示板を睨みつける。
広場のど真ん中にある掲示板は、主に講義の有無や各学科の重要事項が貼られており、
私たち大学生たちにはとても重要な掲示板である。

ただ、場所が問題なのだ。
我が城聖大学の掲示板は広間のど真ん中にあり、真夏や積雪の日には絶対に行きたくない。
そこで、学生の間では『日中限定!誰が掲示板を観に行くか』で、校舎の各所で修羅場が起きる。

戦い方はカンタン。じゃんけんだ。私はじゃんけんが強い。
幾度となく修羅場を潜り抜けてきたが、先輩にパシられたことを除けば、
日中に掲示板を拝むためわざわざここへ出向いた事はない。
なのに、かんかん照りの今日に限ってじゃんけんに敗けたのだ。

「竹内先生、今日も休講だって」
「マジでー?」
「どうしようかな」
「そういや、安野も休むとか言ってたよな。何してんだろ」
「どうせヨリのことだから、多門先生の家に押しかけてるんじゃない?」
「うわー、ありありと浮かぶわ」

次の講義まではまだ時間がたっぷりとある。
明日提出の課題はすでに終わらせているし、
かと言ってお茶をしに行くほどお金に余裕があるわけでもない。

「あれっ」
「苗字、どうしたの?」
「課題、家に忘れて来たっぽい」
「マジで? 死ぬじゃん」
「じゃあ取りに行ってくれば? 家、近いんでしょ?」
「まあね。歩いて五分だし」
「さり気自慢、いただきましたー!」
「帰りにジュース買ってきてくれよ」
「断る」


というのも、口実だ。講義の課題はちゃんと手元にある。
大学生になり一人暮らしを始めてからというもの、
「鍵をかけ忘れたんじゃないか」とか、「クーラーは消してあるか」とか、色々な不安が募り募るのだ。
クーラーをつけたまま大学に行った日など、電気代を見るのも嫌になる。

家は大学から徒歩五分の、大家や隣人とコミュニティが盛んなアパートだ。
アパート前では、よくおじちゃんおばちゃんが朝にラジオ体操などをしているし、
夏休みには子供も集まるので結構にぎやか。それも選んだ理由だ。
朝の講義が遅い日や早く帰ってきた日には、私が掃除などをしていて、良い事をしてるのに、
たまにランドセルを背負った男子小学生に「掃除のおばさん!」なんて呼ばれてイラってくる。

鍵を差し込むと、きちんと手ごたえがあった。第一関門突破。
家に入る。外界と遮断された、少し冷えた空気が当たる。ごくりと唾を飲む。
……クーラーは付いていなかった。

「はぁ、良かったぁ」

ベッドに座り込むと、テレビを付けた。
ニュースでは、山奥の方で土砂崩れが起き、聞いたことのない村が巻き込まれたと報道されている。
大変だなぁなんて思いながらも、胸のあたりがざわざわとする。

「いや、私関係ないし」

笑い飛ばしながら、冷蔵庫の中からアイスコーヒーを取り出して飲み干す。
「女の子なのにラッパ飲みなんて、はしたない!」母親に、何度そんなことを言われたことか。
一人暮らしに最後まで反対していたのも、たしか母だった気がする。

冬ならアパートが日除けになり、夏は陽が高くなるので日陰が少なくなる。
冬は寒く、夏は暑い。人間環境的には良い土地だが、自然環境的にはなんとも不便な立地だろうか。
掃除をする気も失せるのだが、やっぱり良い事をした後はいい気分になる。
おまけに、大家さんが「掃除しなくて楽だわ〜。そうそう、この前妹が旅行に行ってきたんだけど……」なんて、いろんなお菓子や野菜を分けてくれるから、一石二鳥だ。

今日の嫌な気分を晴らすため、掃き掃除を始めた。


表紙に戻る
「#年下攻め」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -