予知夢

「あいつ、ちょっと変なやつなんですよ。嫌な意味じゃなくて」

あの女性には、第六感と呼べる不思議な力を持っているそうだ。
予知能力、霊視、彼女の感じる“嫌な予感”というものは、そのほとんどが的中するらしい。

「俺、母親の死目に立ち会えなかったんですよね」

“母親”という単語を聞いて、急に甘ったるいむせ返るような匂いが鼻を突いた。
もちろん甘い匂いなんて漂わせるモノは車内になく、相次いで、遠くから女性のような小声が聞こえてくる。
まるで自分に向かって呪詛を唱えているかのような、女性の声。
そして鋭利なモノで刺されるような胸の痛み――それらを無視し、窓に視線を向けた。

「それまでピンピンしてたのに、急にぶっ倒れたって、父から電話が……」

当時のことを思い出しているのか、鼻をすするような音が車内に響いた。
悲しんでいるように声がしぼんでいくが、俺にはその感情がよく分からなかった。

「その直前に、家族で体調悪い人がいないかって名前に聞かれたんですよ。
母親がなんかの薬飲んでたのは知ってたんすけど、ちょっと喧嘩してて、最期に言ったのが“クソババァ”で……くそぉ!」
「うおっ」

突然、急ブレーキがかかり身体が前方に投げ出されそうになったが、シートベルトのおかげで席に留まった。
見れば警官はハンドルに顔を付いている。本格的に泣き始めたようだ。
「親孝行したかった」だとか、「あの時言うことを聞いてれば」と嘆き悲しんでいる。
……正直、過去に浸っているよりも仕事をしてほしいのだが。



着いた先は結局俺がいた場所――女性と会ったアパートだった。
「あいつならなんとかしてくれますよ!」とよく分からない自信を持って出陣していった。
その結果は、内容がよく聞こえないここからでも十分に分かる。

あたり前だ。
災害に巻き込まれる直前まで羽生蛇村にいたはずの俺に、第六感とやらが強い彼女が何も感じないはずがない。
第一、一人暮らしの女性に見知らぬ男を引き取れという方が、難しい話だ。
警察に出向いた結果がこれ…他にどうするという当てもない。
ホームレスになるという悪夢が脳内に浮かび始めたころだった。

「あなた、名前ちゃんの知り合いか何か?」

顔を上げると、そこには買い物かごをぶら下げた中年の女性がいた。
怪訝な顔をしたせいだろう、このアパートの大家だと名乗った。
そして不思議そうな顔をして、部屋の前で言い争っている二人と交互に見比べている。

「見ない顔ね。なにか仕出かしたの? それとも名前ちゃんの家の新しい方?」
「……違います」
「そう、苗字の使いの方だったら嬉しいかったのだけど」

苗字の使い? どういうことか聞くと、大家はあっさりと答えた。
彼女――苗字名前は裕福な家の生まれなのだが、通える距離に家があるにもかかわらずこのボロアパートから通学している。
心配した母親が月に一回程度、使いを送ってきては近状を報告させている、というのだ。
なぜボロアパートに住ませている理由を聞いたが、所謂『社会勉強』とのことらしい。

「それでねぇ、私も暇だから。名前ちゃんの報告がてら、話し相手になってもらってるの」
「そうですか」

二人をチラリと見ると、彼女は警官を面倒くさそうに相手にしている。
怒気を含んだ声も多くなってきている。
これ以上頼んだって無理だろう。

警官を呼ぼうとしたとき、ついさっきまでそばにいた大家が消えていることに気が付いた。
アパートの方を見れば、大家はまるで瞬間移動したかのごとく、二人のそばにいる。
思わずそこで固まっていると、彼女もポカンとした顔をしてこちらを見た。


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