現代:宮田司郎

「羽生蛇?」
「そうです」
「羽生蛇村―――って、あの土砂崩れが起きた?」
「……そうです」

小さな駅の通りにある、小さな交番。
隣町に大きな屯所があると聞いたが、無一文で行ける距離ではなかった。
最初に出会った女性に送ってもらっても良かったのだろうが、彼女が車を持っているようにも見えなかった。

交番には俺と同じぐらいの警官と、初老の警官の二人がいた。
のんびりお茶を飲んでいたあたり、治安は悪いどころか平和な街であるらしい。
異変に巻き込まれた後で例の警官がチラついて警戒していたが、ここはあそこではない、彼らはいない。

「君、本気で言ってる?」
「はい」
「…………」

初老の警官は、若い警官と目を合わせて怪訝な顔をする。
当然だ。小さかったものの、ニュースでは羽生蛇村は土砂崩れで閉鎖されていると報道されているのだから。
机の上にあった新聞を盗み見ると、開かれたページの外枠近くに小さくその記事があった。
土砂崩れから三日―――そんなに経っていたのかと思うと、それまで感じていなかった疲労感に襲われる。
初老の警官は若い方にどこかへ連絡すると言い残し、奥の部屋で入って行った。

「大丈夫ですか? だいぶ疲れてるようですけど」
「えぇ、まあ……」
「お茶、飲みます?」
「いただきます」
「はい! えーっと、茶葉はどこだっけか……」

ガラス張りの戸棚や引き出しを漁りだした警官を眺めている内に、視界と耳がノイズに襲われる。
突然のことで思わず顔を顰め唸ると、ノイズに混ざりながら男の声が聞こえ始めた。
視界も、どこか知らぬ部屋の中へと切り替わり始める。視界と声の主は、電話で誰かと会話しているようだ。

―――えぇ。九年前と同じ、とは言い切れませんが……
―――分かった。今からそっちに向かわせる

電話の相手はそう言って切れた。男もそれを確認してから電話を置き、振り向いた先には扉があった。
ドアノブを握り開けると、そこには俺と若い警官がいた。どうやらこの『目』と『耳』は、先ほど奥の部屋に消えた警官のモノだったらしい。
頭を抱える俺に、警官は右往左往している。彼の『目』から見える自分の顔は、酷かった。
顔色は土色に近く、目の下に隈が出来ている。来ていた白衣も、昨日の雨で多少は落ちているが所々赤黒い染みが出来ていた。

そこで視界はプツリと切れた。それと同時に、頭痛もノイズも引いていく。目を薄く開くと、自分の視界だった。
初老の警官が「大丈夫ですか?!」と慌てて近づいてくる。先ほどの声とは裏腹に、焦りが入っていた。


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