約束

夢心地、というのだろうか。
布団の中で、セミの鳴き声をぼんやりと聞いていた。
先日の夢とは打って変わって、今回のはずいぶん気分のいい夢だった。

もし自分が草食動物であったならもうこれ以上望まないぐらいに青々しい大草原に、真っ青以外に表しようのない空。
空気も不快を感じない適度な湿度と温度だった。
しばらく歩けば、そこには顔馴染みがいた。
慶だ。
声を掛けて駆け寄れば、慶も同じように駆け寄ってくる。


「なあ、慶って大学とかどうすんの?」
「ぼくは、外へは行かないよ」
「求導師だから?」
「うん…」

適当に見つけた岩に腰掛けて、ちかくに群生していたシロツメクサで冠を作っていた。
女子みたいだな、と笑うと、慶もそうだねと笑った。
昔、八尾さんに冠もとい首飾りを作ってもらった記憶がある。
俺はあっという間にメチャクチャにしていたが、慶はもらったそれを大人しくクビに掛けていた。
だからなのだろうか、作り方も教わった気がするが、俺は花をぐちゃぐちゃにしてしまった。
一方慶は、着々ときれいな円弧を描かせていくのだから、つい感嘆してしまう。

「小学生の女の子とかに、時々強請られるんだ」
「へえ。慶って昔から器用だよな」

適職ってかんじ? と囃せば、慶はやめてよと薄く笑う。

「ねえ、名前くんは、…宮田君のことどう思ってるの?」
「宮田? 友達だよ」
「そう」

宮田君、と呼ぶのに、すこし胸がざわついた。
そういえば、宮田と慶が名前を呼び合うところを見たことがない気がする。
いや、それ以前に話した事はあるのか?
俺が慶といっしょに居て、宮田に話しかけることは多々あるが、二人が交流しているところはみたことがない。
それを感じ取ったのか、慶は顔をあげて苦笑しながら言う。

「なんて呼べばいいのか、よくわからないんだ。どう呼んでも嫌な顔をされるし…」
「あいつ、けっこう気が難しいからな。仕方ないよ」
「ぼくたち、双子だっていうのが未だに信じられないんだ」

そりゃそうだ。
顔はそっくりなのに、性格が全然違う。
まだ高校生だというのに、ここまで違うものなのか。
慶は視線を手元に戻す。
冠は、もう少しで完成する。

「ねえ、名前くんは大学を卒業したらどうするの?」
「わからない。村を出るかも」
「正直ぼく、求導師をやっていけるか分からないんだ」
「どうして?」
「ぼくはみんなが思ってるほどいい人間じゃない」
「…みんなそうさ」

誰だって汚い部分があるし、それがない人間を探す方が無理だ。
そしてたまたま、慶が牧野家にいるだけで。

「慶、なんか悩みとかできたらすぐ相談しろよ」
「うん。ありがとう」
「約束だぞ、なんもしてこないで死んだりなんかしたら…」
「分かってるよ、名前くんにすぐ相談する」

慶が笑った。
だいぶおっさんに近づいているような気がする。
俺の顔も、もうすでにおっさん化しているかもしれない。
それをネタにしようとして、急に、意識が遠のいていくような気がした。
そうだ、冠はできたのだろうか。
慶、と呼ぼうとして、ふいに意識がプッツリとキレた。


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「見えない臓器の名前は」
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