ヘビとタカ

「苗字くん、今日の放課後はなにか用事あるの?」
「いや、ないよ。どうかしたの?」
「う、うん。えっと……」

学食でラーメンを頼んだとき、昨年クラスメイトだった女子に珍しく話しかけられた。
彼女は人見知りで、友達も少ない。
まさか彼女に話しかけられるとは思わずびっくりしたが、モジモジしているその様子に怪訝とする。
が、その後ろでヒソヒソしながらこちらを窺っている女子二人が視界に入り、なんとなく合点がいった。

「あー……ここで話しにくい事だったら、ホームルーム終わったあと下駄箱で待ってて」
「わ、分かった」

俯きながら小さな声でそう答えた彼女は、そそくさと二人のところへと駆けていく。
彼女が何を言いたかったのかは分からないが、面倒事ではないことばかりを祈る。
そして、ちらりといつもなら慶が座っているであろう席を見た。
今日そこには別の生徒が座っていて、他に席がないかと探すと友人がこちらに向かって大きく手を振っていた。

「今日はあいつ、学校休みなんだろ」
「ああ。一緒に食っていいよな?」
「じゃなきゃ呼んでねえし」

羽生蛇村からバスに乗って40分、バス停から徒歩5分のところに高校はあった。
簡単にいえば山の麓にある街の高校である。
俺を含めた羽生蛇村の高校生はここに通っていて、慶や宮田も然り。
バスは一時間に一回ぐらいにしかないから、誰かが休めば大体わかるのだ。
麺をすすりながら友人と雑談をしていると、ふと思いついたかのように質問をぶつけられた。

「おまえ、宮田とも友達なのか?」
「いや、ソッチとは知り合い」
「じゃあ牧野と宮田ってなんなの?」
「俺もそこんトコ詳しいことは知らないけど、双子らしいね」
「そこんトコが知りたいんだよ!」

まあそれも分かる。
なんで同じ顔なのに苗字が違うんだとか、なんで双子が別家庭で育てられてるんだとか。
しかし、本人に直接ぶつけられるような質問ではない。
できるのはよほどの勇気の持ち主か、バカだ。
その代償に、同じ村出身で幼馴染の俺がよく質問攻めにされる。

もちろん詳しく喋れることでもないし、俺自身、深く知っているわけじゃない。
慶とはよく喋るし幼馴染であるが、そこらへんはタブー視していた。
相手をよく知りたいという気持ちと野次馬根性は別物である。
噂は嫌でも耳に入るような村だ、自分に入ってこないモノをわざわざ詮索する必要性も感じない。

「じゃあさぁ、あいつが"村の偉い人"ってのはマジなの?」
「うん、まぁ…なんていうか」

また答えにくい質問がきた。
眞魚教の教徒である立場にすれば、たしかに求導師の慶はある意味では"偉い人"であることに間違いはない。
が、俺自身、深く信仰しているわけでなく、その慶も幼馴染で友人である。
それに、慶よりも"偉い人"は別にいる。
ただ彼のほうが周りから慕われているだけの話だ。

「そういう家系で、ちょっと他とは違うんだよ」
「じゃあ宮田は?」
「ふつうの家庭、かな? 家が病院だけど」
「フツーにすげえじゃん! なんでこんな学校にいんだよ!」

そりゃここぐらいにしか学校がないからだよ、と内心つっこむ。
宮田の成績の良さは有名であるが、"親が医者"だということを知る者は少ない。
普通にしていてもキイロい声を浴びることの多いのに、それが知れれば人気は上昇するだろう。
一方で、あの慶の"偉い人なの?"という噂は蔓延っているのだから世も末だ。

「しっかし、これでもっと愛想が良かったら大変なことに…」
「オレがどうかしたか」

慶とよく似ているが、抑揚のない声が真後ろから聞こえた。
驚いて振りむくとそこにいたのは宮田で、珍しく腕に包帯を巻いている。

「おぅ、宮田。お前が学食なんて珍しいな」
「今日は母さんの体調が悪かったんだ。それで、オレがどうかしたのか?」
「お前の女子の人気具合の話をしてたんだよ。いいよなー、俺もイケメンになりたい」

宮田は「ふうん」と素っ気なくそう答えて、人の少ない場所へ行った。
たまにクラスメイトや女子と歩いているところを見かけるが、やはり一人でいるのが多い気がする。
ふと身体を前に戻すと、それまで意気揚々としていた友人が、顔面蒼白で口をパクパクとしていた。

「お、おい。どうしたんだよ?」
「……おまえ、よくあんな宮田と会話できるな」

なるほどそれか。
ときおり宮田は、ガタイのいい不良すら恐れ戦かさせるほどの視線を送ってくることがある。
大概それは彼を本気で怒らせる相手が悪いと思うし、宮田はそうそう怒りを爆発させるタイプじゃない。
サラッと流せば、新月の日に気をつけるぐらいの気分で済む。

どうしてそうなるのか、と問われたが、「村で彼を一番怒らせてたのは俺だったから」としか言いようが無い。


表紙に戻る
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -