梅の花

村の求道師様が亡くなった。
病を患い、それが悪化したと聞く。
教壇に向かい祈りを捧げている求道師様の背中はたくさん見てきた。
しかし最後に見た暗い横顔は、病というよりも、ナニカに思い悩んでいる顔だった。
求道師様は、本当に病気だったのだろうか。

「母さん……俺、やっぱり」
「いいから来なさい」

雪がチラつく中、求道師様の葬儀は行われた。
俺は雪が嫌いだ。冷たいし、寒いし、触ればあっという間に消えてしまう。
人一人が横になれる大きさの穴を覗きこむと、そこには安らかな顔で眠る求道師様がいた。
生前のあの様子は一片も見られない。まるで呪縛から解放されたような、そんな様子だ。
そんな求道師様に(やはり…)という考えが過ぎってしまう。
しかし今は逝ってしまった求道師様を喪っている最中だ。
それをかき消すために頭を振る。

求道師という立場がどれほど荷が重い役割なのか、俺は知らない。
教徒にとって求道師とは、漠然とした不安を肩から降ろしてくれる存在だ。
困ったとき彼らは相談にのりアドバイスをしてくれる。
懺悔という心のケアも彼らの役目だ。
では求道師は…
求道師は誰に縋るのだろう、誰に不安を降ろしてもらうのだろう。
よほどの聖人でなければ、なんの弊害もなく求道師などできるわけがないのだ。

ふと顔を上げると、よく知る顔の少年が求道女から祈りの言葉を乞われていた。
羽生蛇村の求道師がどういうものかはよく知らない。
いまだカースト的な制度が強く残っている羽生蛇村では、求道師の息子もそれになるのが道理なのだろう。
少年はいつも通りのたどたどしい様子で祈りの言葉を綴り、自分もそれを追う。
―――失われし者は我々の血と肉の中に生き続ける…
低くのしかかる、どことなく不安を煽るような詠唱。
これからのしかかるであろう"荷"に彼は耐えられるのだろうか。
眞魚字架を受け取る新しい求道師から視線を逸らす。
期待の視線を彼に送る村人のその後ろで、また彼とよく似た少年が去っていくのが見えた。

「母さん、俺やっぱり帰る。新しい求道師様には、また今度挨拶しとくからさ」
「ちょっと名前……!」

詠唱が終わると同時に、母さんにそう告げて返事を聞かずにその場を離れた。
俺はずっと彼に興味を抱いていた。
新しい求道師様――慶とは学校に上がる前から仲が良く、よく教会にも足を運んでいた。
そのとき彼に出会った。慶によく似た彼に。
小学校に通うようになってからは見慣れた光景になったが、従兄弟にしてはどこか余所余所しく、兄弟以上に似た顔だ。
彼らが双子であると知ったのは最近だった。

「おい、宮田。なんで最後までいなかったんだ?」
「…………」
「求道師様の通夜じゃないか。お世話になったんだし」
「それなら君だってそうだろ」
「俺はいいんだよ。それに求道師様はお前の伯父さんで、慶はお前の兄さんじゃん」

そう言うと宮田は嫌そうな顔で俺を見た。
いつもそうだ。
双子について触れると慶は困ったような顔をするし、こいつはすごく嫌そうな顔をする。
俺には双子どころか兄弟すらいないから、なんとなく察することでしかその心境は分からない。

「お前、ちゃんと鏡見たことあるか? すげぇ嫌な奴だぞ」
「……忠告ありがとう」

宮田は苦虫を潰したような顔でそう言った。
それを見て、「鏡見ろ」と言ってしまったことを後悔する。
――俺も嫌な奴じゃないか。
去っていく宮田の背中を見ながら、慶のそれと重ね合わせた。
慶はあんな表情はできない。宮田も、慶のような表情はしない。
どうして双子がここまで違ってしまうのだろう。

胸にトゲは引っ掛かったままだった。


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