三隅日報

昭和78年8月6日号外
羽生蛇土砂災害生存者発見
10歳少女を救出保護

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昭和78年8月6日号外
羽生蛇土砂災害生存者発見
10歳少女を救出保護
8月2日未明、三隅郡羽生蛇村で発生した土砂災害現場から、四方田春海ちゃん(10)が災害現場から3日振りに奇跡的に救助された。

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「苗字名前さんですね、ご両親のお名前と身体的特徴など……」

数年ぶりの帰省だった。
大学を卒業したあと新卒で入社した会社の業績が著しくなく、営業部に配属されていた俺は外回り、外回り、外回り。
会社に戻れば上司のノルマ未達成の焦躁からくる叱責、家に帰れば腹に飯を詰め込んで寝るだけの生活だった。
そうして今年の六月、とうとう社長が行方不明となり、次々と偉い部署の人達が飛んでいく様を見た。
会社は倒産し、同僚も直属の上司も離散となった。
いま、彼らがどうしているかは分からない。
部屋の中だけでなく、貯金すらなにも残っていない状況で、浮かんだのは母さん。
そして羽生蛇と慶だった。

運が良かったのか悪かったのか、俺には分からない。
母さんたちが脳裏に浮かんだものの、一ヶ月あまりを東京の部屋で茫然としていて、ようやく腰を上げて帰省しようと思った矢先だった。

「ああ、早く帰りたい」
「たしか26年前も、あの村で同じようなことがあったのよね」
「やだねえ。うちの村では起らないと良いけど」

この一ヶ月間と同じように、行方不明者の捜索本部が設置されている避難所で、ただひたすら茫然としていた。
――あんた、去年もそんなこといって帰ってこなかったじゃない
今年の正月、電話で母さんにそう詰られた記憶がよみがえる。
あれが、母さんとの最後の会話だった。
言うとおりに、帰って顔を見せれば良かった、そう後悔した。

避難所には羽生蛇や周辺の村の人間たちがきている。
知っている顔はいないだろうかと探そうとも思ったが、精神的なモノか肉体的なモノか、よく分からない疲労感から、動く気にもなれなかった。


いつの間にか眠り込んでしまったのか、あたりは闇に包まれ、寝息と呻き声が支配していた。
硬く冷たい床。
起き上がろうと身体を動かすと、その節々が傷んだ。
――そういえば、慶たちは無事だったのだろうか
村の一部、実家のあるあたりで土砂崩れが起きたと聞き、真っ先に両親の無事を確認すべく右往左往していたため、彼らの存在がすっかり抜け落ちていた。

いやしかし、と思う。
高校時代、宮田や高橋さん、佐藤たちにまで広がったあの事が蘇る。
慶とはいったい、なんだったのだろう。どういう関係だったのだろう。
幼いころからの友達で、なんでも言える仲のはずだった。
それが現実には違うものだと分かった途端、自分の居場所がないような感覚にとらわれた。
宮田も高橋さんも佐藤も、慶すらも俺の知らない所で俺の知らない面を見せ合った。
彼らの知らない、俺と各相手との面は、あったのだろうか。
ゆっくりと身体を起こし、茫然とする。

「俺は、なんなんだ?」

喉から出たのは、掠れて声にもならない音だけ。
俺の中で、誰かが悲鳴を上げているようだった。


世界は終焉を告げた
永劫の刻の輪は閉じ、混沌とした無限の中で憐れな子羊たちは彷徨い続ける
世界が新たな旋律を奏で始める日まで



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