鬱憤

「牧野さんとは面会できません」

慶が学校を休み始めてから、一ヶ月が経っていた。
その間、一番の友人であったはずの俺が面会することはおろか、眞魚教の信者が持ってきた見舞いの品を受けとることすらされていない。
いまや毎日通い詰めている俺に、最初は親身になってくれていた看護婦も「またこいつか」と言いたげな目で、冷ややかな態度を取っている。

「どうしてですか?」
「ご家族以外と面会できるほど体調が回復していないからです」

その事務的な口調から、"体調がよくない"というのは嘘だとすぐに分かる。
個人情報の漏えい防止――身内と証明できない人間は、それを理由にまず面会を拒否される。
赤の他人が面会できるようになっても、医者の判断や本人の意思で"面会謝絶"ができるわけで。

看護婦のいう「他人とは面会できない」が、担当医の判断なのか、慶自信による拒絶なのか、俺には分からない。
ただ会って話をしたいだけなのに。
どうしてそれだけのことが許されないのか、腹立たしかった。


佐藤がトイレから出て行ったあと、取り巻きもすぐ出て行った。
こちらと慶をじろじろと見詰めるものの、俺が睨み返せばすぐに視線をそらす。
所詮、一人ではなんにもできない臆病者。
そう心の中で蔑みながら、慶に手を貸した。
あいつらが出て行っても慶はずっと下を向いていて、押し殺した嗚咽のような呻き声だけを出していた。

慶からあいつらになにかされたと相談されたことはなかったし、そんな素振りも無かった。
でも、こんなことが突然始まるわけもなく、小さなことが以前からあったはずだ。
それが余計に腹立たしい。
慶とは毎日通学を一緒にする仲で、佐藤とは毎日言葉を交わす仲だった。
なのに、なに一つ気が付かなかった。
こいつが鈍感でよかったな
不意に佐藤の言った言葉が脳裏を掠め、腹の底がさらに熱くなる。

最終バスはすでに行ってしまった時刻で、電話と着替えを求めて職員室に足を運べば、血相を変えて駆け寄ってくる担任の顔が目に入った。


 ***


どんよりとした雲。
灰色で埋め尽くされた空は、本来の青をさらけ出す様子はない。
その下には雲と同じ灰色の世界で、色の濃淡だけで描かれている。
そこでもあるべき色を見せるつもりはないらしい。
そんな世界で、俺に背を向けて泣いている少年を呼べば、肩を戦慄かせ、余計に嗚咽を漏らすだけだった。

「なんで何も言わなかったんだよ」

何一つ答えず、向き直ることもしない慶に苛立って、語気を荒げる。
そんなことをすればどんな態度を取るかなんて分かっているのに。

「俺ら、友達だろ。幼馴染だろ。なんで何も言わねえんだよ。いじめられてるってのが俺に知られるのがそんなに嫌だったのかよ」
「違う、そんなんじゃない!」
「じゃあなんなんだよ!」

慶に釣られて怒鳴れば、また嗚咽を漏らす。
一体全体なんなんだよ
そうぽつりと漏らせば、小さく慶がなにかを呟いた。

「言いたいことがあるならはっきり言えって!」
「こんなとこ、産まれて来なければ良かった」

どういう意味だよ
そう尋ねようと、慶の肩を思いきり掴もうというとき、あたりの声が急に遠くへと消えて言った。
何事かと身体を強張らせれば、景色も暗やみの中へとフェードアウトしていき、慶の姿も見えなくなっていた。


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