カエルの子

だいぶ帰りが遅くなった。
そう思いながら教会の扉を開けると、ちょうど"求導師様のご説教"が終わった所だった。
高齢化も進んでいるせいで、教会から出てくるのは半分が人生折り返し地点を過ぎた人ばかり。

「あら名前くん」
「こんばんわー」

この時間のご説教となると、幼い頃から世話になっている人が多い。
だから、彼らの話し相手に捕まると中々逃がしてくれないことも知っている。
終わりの見えない世間話は早々にけりをつけ、奥にいる青年に目を向ける。

「慶、これ今日のプリント」
「ありがとう」

初夏だというのに黒くて重そうな求導師の服に身を纏う慶を見て、聖職者とは大変だと思った。
というか、17歳にそれをやらせるこの村もどうかしている。
血筋に拘る古い慣習。
慶の前では絶対に言わないが、俺が羽生蛇村を貶すときは必ずそう言うと決めている。

「なんだっけ、今日は"キュードーシサマ"のご説教?」
「うん…大変だよ……。こんなのやり慣れてないし…」
「そーだよなぁ」

今までこういうことは、ほとんど八尾さんがしてくれていた。
高校生になってからは慶の負担も増え始めていて、勉強に教えにと大変そうである。
慶は大学の心配なんかなさそうだな、とも思う。

「そろそろ体育祭だな」
「そうだね。名前くんは何かやりたい競技、あるの?」
「うーん、集団は面倒くさいし、徒競走はキライだし…」
「そっか」

プリントに挙げられている競技名を眺めながら、第一候補、第二候補を決めていく。
規模の大きい行事には憧れに近い物があった。
羽生蛇村は少子化が進んでいるから、自然と子供向けの行事も小さくなっているのだ。
ほぼ全員参加だった体育祭と違って、ここでは自分の好きな競技を選ぶことができる。
そこが嬉しかった。

ふと視線を感じて顔を上げると、じっと俺の顔をみる慶と目が合った。
その視線がいままでのモノと少し違う気がして、思わず俺も見つめ返す。
それに気づいた慶は、ハッとして目を泳がした。
どうかしたのか聞こうとして、懺悔室から出てきた女性に目を取られてしまった。

「苗字くん、こんばんわ」
「あ、八尾さん。お久しぶりです」
「今日はどうしたの?」
「えっと、プリントを…」
「そう。いつもありがとう」

いつもの笑顔を浮かべる、八尾さん。
赤い求道女の服を身にまとい、その姿はまさに聖母のようにも見れた。
しかしその姿に不穏な気配を感じた。なにか、ここに居てはいけないような空気。
慶に、まだ懺悔室に人がいることを伝え、そこへ行かせた。
それに少しの違和感を覚える。いつもなら、このまま俺と帰らせるというのに。

「苗字くん。今日はちょっと人が多くてね。もう時間も遅いから、そろそろ引き取ってもらってもいいかしら」
「あぁ、はい」
「ありがとう、おやすみなさい」
「おやすみなさい。じゃあ…」

椅子に掛けていた鞄を背負い、会釈して扉に身体を向けた。
なんだろう。今日の二人はどこか雰囲気が違う。空気が重い。
疲れてるのか?それとも"教会"という肩書きのせいか?
けど、いままでのそれとはちょっと違う。
扉を閉めるとき見えた八尾さんの顔が、聖母に化けた悪魔のように見えた。


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