嗜好

「何してんだよ、お前ら」

全身の毛が逆立った。
佐藤は、宮田よりも抑揚のない声で「お前には関係ないだろ」と言う。
その手にはモップが握られていて、慶と同じくぐっしょりと濡れている。

「なにが関係ないだ、そいつは俺の友達だぞ」
「友達? 偉い人の間違いだろ?」

鼻で笑い、こちらを冷たく見下ろしている佐藤にゾッとした。
目の前でモップを持っている佐藤が、本当に俺の知っている佐藤なのか分からなくなった。
すぐ手が出てしまういじめっこ気質だったのは知っている。
最初こそそれっぽいなと思って遠巻きにしていたが、話せばわかる奴だ。

「慶、行くぞ」
「待てって」
「離せよ!」

だが今は話し合いなんてできない、そう思った。
この光景があまりに衝撃的だった。余裕なんて1mmもない。
詳しく話を聞きたい、でも、こんな状態で話せるわけがない。
小さくうずくまって震えている慶の腕を掴もうとした。
その寸前に佐藤が俺の腕を引っ張って、胸倉を掴まれる。

「人間関係洗えっつっただろ、俺」
「お前には関係ない、慶は親友なんだよ」

怒気を含んだ声には、まったく恐怖を感じなかった。
宮田のあの表情に比べればそんなもの、子供の八つ当たりのようにしか感じない。
佐藤のそれは、腕力を得たばかりでコントロールのできない子供のそれのようだった。
冷静になれよ、と小さく呟いた。話せばわかる、頼むから聞いてくれ。
声が怒気を含んでいるのに対して、顔には冷たい笑みが貼られていた。
まるで、自分の言いたいコトを分かってくれない大人に、自分が素直になれないのを棚上げして怒っているみたいに。

「なあ、どうしてキリスト教が同性愛をタブー視してるか、知ってるか?」
「なんなんだよ急に。お前、最近おかしいぞ」
「向こうじゃ、子孫を残さないセックスは嫌悪を抱くべきもので、神への冒涜なんだってさ。だから同性愛はタブー視されてる」
「……常識的にも、それは嫌悪されてるもんだろ」
「日本もキリストが入ってくるまでは寛容だったんだってさ。面白いよな」
「おまえ、ほんとうにおかしいぞ。なにがあったんだよ。同性愛がどうかしたのかよ」
「ほんっとうに、おまえ、鈍感だよ。それがおまえの良い所でもあるけどさぁ」

冷たい笑みから、徐々に引き攣った笑みに代わる。
なにが言いたい。宮田といい、牧野といい、こいつは一体なにをしたいのだ。
佐藤は牧野を見下ろすと、冷たく言い放った。

「おい、こいつが鈍感で本当に良かったな。でなけりゃ今まで付き合ってなんか、いられてなかっただろうけど」

まあ、それも今日で最期だろうけどな。
そう言い捨てて、佐藤はこちらに向き直った。
その顔はいつもの佐藤で、先ほどまでの怒気や冷淡さは全く見受けられない。
突然の変わりように、困惑するしかなかった。

「悪かったな。先生に言うなら言うでいいよ、それなりの覚悟はしてるから」


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