ぐるり

求導師様が亡くなった。
患っていた病が悪化したと求道女は言っていた。
冬は嫌な季節ね
母さんは、そうぼやいた。

祭壇に掲げられた、眞魚字架。
独特な形をしているそれに、いつも不思議な感覚にとらわれていた。
そもそも、どうしてこの村ではこんな宗教を信仰しているのだろうか。
日本全国のどれを聞いても、眞魚教にはなにか別のものを感じた。
まるで神話がずっと"そこ"にいて、じっとりと村ごと自分たちを包み込んでいる――
そうして頭の奥がぼんやりしだして、何も考えられなくなる。
霞がかった頭で必死にその先を考えようとしても、考えている方向が分からなくなってしまう。

一度、宮田医院でそのことを相談したことがあった。
この村に関して考え事をすると、どうしても頭がぼんやりしだして致し方ない。
疑問が振って湧いてくる。そのたび頭がそうなるんじゃ勉強にも集中できない。
なにか頭の病気でもあるんじゃないか。
母さんは、この村でそんな相談なんて、と躊躇していたが、先生の特に問題ないだろうという診断に安堵していた様子だった。

その直後だった。
若干、霞がかかり始めていた頭の芯に、はっきりとした少女の声が聞こえた。
――あの女を信じないで…
暗い闇から聞こえているようだった。
あの女とは誰だ
そう考えた瞬間、それが嘘だったかのように頭に霞がかり始めた。
頭がズシリと重くなる。
一応頭痛薬を処方しておく、と帰されて、それから村については考えないようにした。

それがここ最近――慶の自殺した夢を見てから――、村のことが頭から離れないでいた。
慶の父さんが自殺したというのは、俺の中では確信になっていた。
ぼんやりする頭で必死に考える。
なぜ求導師様は自殺したのだ。
いくら荷が重けれど、自殺なんて――いいや、そんなもの個人差だ。
それでも。
求導師様がよく慶に言っていた言葉を思い出す。
慶、頼んだよ
あれは後継ぎとしてだけじゃない。

教室に戻ると、そこには俺の鞄だけが残されていた。
他に同級生たちが残っている様子はない。
足取りが重いまま、慶の教室へ行く。
慶はいつも律儀だった。
先に帰る日はだいたい置手紙を残して帰って行ったが、今日はそれが無かった。

「なあ、牧野みた?」
「え、ずっと前に帰ったけど」
「帰った?」

慶のクラスへ足を運べば、委員会らしき仕事で残っていたらしいクラスメイトがいた。
けれど、そこに彼はいなかった。
外は暗くなりかけていて、そろそろ最終バスも行ってしまう。
慶は、もう帰ったのだろうか。
言い知れぬ虚無感に押しつぶされそうだった。

男子トイレの前を通りかかった瞬間、中から鈍い音と、誰かが呻く声が聞こえた。
相次いで数人の嗤い声が聞こえてくる。

ーーうっわ、こいつ泣いてやんの

聞き覚えのある声だった。
何してんだ、あいつ。
嫌な予感がしながらも、男子トイレの扉を開ける。
中にはやはり友人である佐藤と、その取り巻きがいた。
扉を開ける音に気付いたのか、一斉に振り向く。それも、真顔で。

「でけぇ音したけど、何してんだお前ら」

数秒経ってようやくした質問に、佐藤も少ししてから「お前こそ」と答えた。
彼らの足元には、頭を抱えながらうずくまる男子がいた。
全身ずぶ濡れで、その腕はかすり傷だらけだ。
そのそばにある刃物で切り刻まれたらしいカバンは、慶のものだった。


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