コスモ

「苗字さん、こんにちわ」
「こんにちわ…」

目を薄く開けて、そこにいる牧野さんの顔を見た。
ただの夏風邪だと思っていたが、どうやら季節外れのインフルエンザだったらしい。
三日間、部屋に閉じ込められたのが功を成し、一週間後の今日、ようやく人に会える状態になった。

「お身体はどうですか?」
「だいぶラクになりました。牧野さんの、おかげです」

病院に掛かれと進めてくれたのが、この牧野さんである。
「ただの夏風邪ですよ」と言っても、心配だからと言って病院まで連れて行ってくれた。
インフルエンザが感染しちゃうんじゃないかと心配したけれど、その心配は必要なかったみたいだ。

「こんど、小学校で『星を見る会』というものをやるそうです」
「星を見る会、ですか?」
「はい。珍しい彗星が見られるそうで、苗字さんはその…観に行きますか?」

急な話でびっくりしたが、そういえば今週に、数百年に一度の彗星が見られると、テレビでやっていた気がする。
たしかに、学校なら観測の場を設けても不思議はない。

「観たいですけど、でも、私たちが参加できるんでしょうか?」
「え?」
「だって私たち、学校の関係者じゃないし……」

そう言うと、牧野さんはポカンとした顔をして、間を置いて慌てだした。
どうやらその辺りのことを全く考えていなかったらしい。
それに思わず綻んでしまう。
牧野さんは求道師としても、人間としても、とても優しい人だけど、ちょっと天然が入っている。
世間知らずというか、良いアイデアを思いついても「じゃあソレはどうするの?」という考えが抜けているのだ。

「彗星が見られるのって、いつでしたっけ」
「えっと、8月の2日です」
「じゃあその日、教会に行ってもいいですか?」

首を傾げる牧野さんに、「わざわざ学校で見なくてもいいじゃないですか」と付け加えた。
小学校の方が家から近いけれど、8月2日なら体調も万全だし教会ぐらいまでなら外出も許してくれるだろう。

「で、でもっ」
「私、牧野さんと彗星が見たいです」

星は昔から好きだった。
悩んだとき、辛いとき、苦しいとき、夜になると空を見あげて、星を眺めた。
何万年も前の光を眺めているうちに、それらがどうでもよくなるのだ。
青臭いけれど、これが私にとって一番効果のある方法だった。

「星って、綺麗ですよね」
「…え、ええ!」
「牧野さんと観たいなぁ」

またポカンとした顔をした後、あたふたする牧野さんに、今までのだるさが吹っ飛んだような気がした。
まだ一週間だけれど、早くいつも通りの生活に戻りたくなった。
目をつむって、牧野さんと一緒に星を見る光景を思い描く。
すごく、すごく楽しみだった。

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