暴風雨

「あ、お米がない」

そう名前がポツリとつぶやいたのは、台風直撃の前日、それもすでに夜の9時を回った頃だった。
おまけに小さな声で「パンもない」ともつぶやき、いつも麺類が入っている箱を除くと、そこにはビニールの残骸だけが占領している。
羽生蛇村での台風は脅威だ。
毎年猛威を振るうそれは村に多大な影響を与えるし、その後の食糧問題にも起因する。
おそらく今年もどこかしらで土砂崩れや崖崩れが発生するだろう。
そうなれば、今現在、炭水化物が皆無と言うのは深刻でもある。

「どうしよう」
「どうもこうも、他には何があるんだよ」

そう言って冷蔵庫を覗くと、半分程度しか埋まっていない。
それも、一人暮らし用の小さな冷蔵庫の半分、だ。
……もっと深刻だった。
雨風が壁や屋根を激しく叩く音が聞こえてくるが、明日になればこれでは済まない。
たとえ外出したとしても、この天気ではどこも開店していないだろう。

ちらりと名前を見ると、頭を抱えて小さく唸っている。
雨だなんだの憂鬱にばかり気を取られ、そのあたりのことはすっかり抜けていたらしい。
昔から抜けている所はあったが、まさかここまでとは。

「ごめんなさい……」
「今おまえを責めても仕方がないだろう」

深く溜息をつき、本格的に明日はどうするかを悩んだ。
自分の身体は一日ぐらい我慢すれば大丈夫が、物資は別だ。
どうあがいたって運搬不可能な時もある。
非常食さえ用意されていれば―――

「そうだ。おい、非常食はどうした。準備してあるのか?」
「非常食?」

しばらくぽかんとしていた名前も非常食の存在を思い出したようで、「それだぁ!」と大声を上げて立ち上がった。
この間、名前が診療所に訪れた際の話だ。
ちょうど自分たちが産まれた頃に、災害で村唯一の外界への道が絶たれたことがある。
それで看護婦たちと「防災グッズは必要ね」という話を名前がしていたのだ。
肝心な所で抜けている名前だ、準備していないという可能性も十二分にあったが、この様子では準備してあったようだ。
引っ張りだしてきたカーキ色の鞄には、感嘆するほどさまざまな非常食が入っていた。

「あったあったぁ!」
「結構あるな」
「消費期限とか大丈夫かな?」
「最近買ったんだから大丈夫だろ」

とりあえずお互い口に合いそうな非常食を選び、それらを調理して食卓に並べさせる。
絶望の淵に立たされかけたせいか、鼻をくすぐられ腹の虫が鳴りそうになる。

「いただきます!」

名前の声と同時に箸を取り、温かいスープをすすった。

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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
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