片想い3

青タンを作る人間が実際にいるだろうか。
漫画やアニメではよく見る光景だが、なかなか現実ではそう見られない。
それに、実際の青タンはそれほど魅力的でも微笑ましくもない。
いっそ「グロイ」「生々しい」と言った方が適当である。

赤いランプで照らされパトカーのサイレンが響き渡る家の前で、私はどこか遠いところでそう思った。
ご近所さんは暴漢が余所者がと騒いでいる。きっと、いや絶対に奴だろう。
しかし目の前にいる青タンを作った石田さんは、まるでなんでもないかのように職務を果たしている。

「名前ちゃん、大丈夫?」
「石田さん…」

ようやく一対一で話せたのは男を連行したずっと後で、もう辺りは野次馬もいなくなっていた。
その静けさに気付いたのも、石田さんに話しかけられてからだった。

「ごめんなさい、こんなことになるなんて…」
「いいって、いいって。それより、ずっとボーっとしてたけど本当に大丈夫……じゃあないよな」
「……ホント、ごめんなさい」
「謝んなくっていいって! ほら、中に入ろう」

虫に食われるよ、と家の中に誘われて、おぼつかない足取りでそれに従う。
明るいところに行くと、青タン以外にも顔には殴られたような痕が数か所あることに気付いた。
口角には血が滲んでいるし、青タンもより一層色を濃くしている。
その顔をずっと凝視していたせいか、それとも私の表情がまずかったのか、石田さんは気まずそうに顔を逸らした。
そこに奥で電話をしていたらしい母さんが戻ってきて、石田さんの顔を見てギョッとした顔をする。

「ちょっと、本当に酷いじゃない! 病院行かなくて大丈夫なの?!」
「大丈夫ですよ、このぐらい」

男ですから、と石田さんは笑う。
それが無理して笑っているように見えるのは、気のせいだろうか。

「名前。お父さん、今むこうの役場出たって」
「うん…」
「この事、まだ話してないからね」

話すかどうかは私が決めろ。
暗にそう言っているような気がして、ズシリと重荷を感じた。
私たちが言わなくても、父の耳に届くのは時間の問題だ。
胃がキリキリするし、胸も変な感じがする。頭も痛いし、吐き気も感じる。
頭に霞がかかったようにぼんやりしだして、気づくと座敷に座り込んでいた。

「名前ちゃん、ムリしなくていいから」

背中をゆっくりと上下に摩られ、目頭が熱くなった。
思わず顔を覆って嗚咽を漏らす。
上京して、時に女だ中卒だと馬鹿にされて、羽生蛇村が恋しかった。帰りたかった。
なんど辞表を書いて出そうとしたか分からない。
ようやく気持ちも落ち着いて、そんな矢先にああいう勘違い男が現れて。
念願の羽生蛇村に帰ってきてみればこうだ。

「もう大丈夫だから」

そう石田さんに抱きしめられて、我慢できなくなった。
もうやだ。石田さんがずっと隣にいてくれたらいいのに。
そう思った。

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