片想い2

久しく村に滞在して数日、懐かしい面子と出会った。
といってもその母数はごく少数で、ほとんどの人物と顔合わせをしたことになる。
噂で私が帰ってきていることは既に知っていて、おそらく次に再び出会った仲間からは「大丈夫だった?」と聞かれることだろう。
なんたって東京から帰って来た理由が、詐欺でも退職でもなんでもなく、ストーカー被害なのだから。

「相手は有名な大学卒業したの人だったんでしょ? それならそのまま付き合っちゃえばよかったのに」
「フツーの人だったらねぇ」
「え〜」
「なんで大卒で、中卒でも入社できるような会社にいるのよって話」

有名会社の下請けとはいえ、中卒でも入社できることから賃金も安い。
『普通』なら、もっと大きくて賃金も高い会社に行くはずだ。
それに私は、東京に就職したからといって、一生東京に居たいわけじゃなかった。

「ところで、この休暇が終わったら次はいつ戻ってくるの?」
「もう次の休暇はないよ」
「は?」

話は一週間前に遡る。
ストーカーが村までやってきていたことは、すでに所長に報告していた。
タイミングよく新人も仕事を覚えてきた頃で、最悪、同時に二人抜けても問題がない。
しかし私が辞めようにも正式な退職方法じゃあ処理に時間がかかるし、ストーカーのクビは"解放"を意味する。

頭を悩ませていたところに良きアドバイスをくれたのが、これまた新人だった。
通勤方法は十人十色、もちろん車で通勤している人もおり、その場合は会社に許可を貰わなければならない。
しかし許可を取らずに車を使用した場合、契約社員は速攻クビという、ブラックではと思うぐらい厳しい規定がある。
それを利用しよう、というのが新人の提案だったのだ。

「マジで?!」
「ほんとほんと。私いま無職」

まるで村で奴を見た時の私みたいな顔をする友人に、笑いをこらえながら「どうしよっかなぁ」とぼやいた。
(彼女にとって、私が帰省してきて嬉しい理由の一つが手土産の銘菓でもあるからだ)
こうして一日中家にいるのも暇であるし、仕事を探せばいいとは思いつつも、家の手伝いで甘えてしまっている。
それでも暇を持て余し、こうして家の前でばったり出会った友人を招いたりして、なんとか時間を食い繋がせる。

「最近、肉ついてきたんじゃない?」
「目の錯覚よ」
「ホントだって。前はもっとスッとしてた」

顎のラインを触りながら言う友人に、つい自分もそこを触ってしまう。
「仕事始めた方が良いんじゃない?」と真面目な顔で言われて、頷くしかなかった。


「あれ、名前ちゃん?」
「あぁ石田さん。この間はありがとうございました」

秋ごろになって、川を隔てた所にある商店で働くことになった。
切り盛りしていたお婆ちゃんが年齢を理由に、新しく若い人を雇いたいと常々思っていたらしい。
仕事内容は東京でしていた事務よりもはるかにハードだったが、身体を動かすには丁度いい仕事だ。
どうして私がここにいるのか、という顔をする石田さんに事情を話し、ストーカー男は今も東京で羽交い絞めにされていることを伝えた。
しばらくキョトンとしていた彼も「そうなのか」と納得した顔で言う。

「それじゃあ、これからはいつでも顔が見れるわけですね」
「そういうことですね」

久し振りに笑って、ホッとした気分になる。
勘違い男に悩まされてからむやみに笑わないようにしていたし、何よりずっと怯えて過ごしていたからかもしれない。
実家を特定されているが、地元だからだろうか。何となく安心していられるのだ。

その矢先、奥にいたお婆ちゃんに呼び出され、石田さんに会釈してその場から離れた。
奥の座敷に上がると、電話の受話器を持ったお婆ちゃんが心配そうに「東京の方からみたい」と言った。
東京?
疑問と胸騒ぎを胸に受話器を受け取ると、元上司の所長だった。

「お久しぶりです。どうかしたんですか?」
「あいつが無断欠勤した、ケータイにも出ない」

空気が凍りつく音がした。
所長から淡々と事実を述べられ、まるで心臓を握られたみたいに息苦しい。
「だから気を付けて」と添えられて電話が切られて受話器を置く。
しばらくそのまま茫然としていたが、ふと石田さんの存在を思い出した。
慌てて外に出ると、石田さんは木陰にあるベンチで雑誌を読んでいる。

「石田さん!」
「あ、名前ちゃん? どうしたの?」
「あいつが出社してないって、今、会社から…」

その途端、それまで笑顔だった石田さんの表情が一変した。
同僚は「ほぼ社畜状態だから」と言っていたが、奴を24時間監視できるわけではない。
しかしその足取りを容易に想像ができるのはなぜか。

「名前ちゃん、今日は家にご両親いる?」
「父は隣村まで出ていて、帰りは遅いって言ってました」
「分かった。家の辺りとこの辺り、警戒強くしておく」

石田さんはそう言うと、腰に備え付けてあった無線機で他の人にもそれを伝えた。
私は大きく頷くのが精いっぱいで、立っていられるのもやっとだ。
お婆ちゃんも何事かと表まで出てきて、その事情を話すと「じゃあ苗字さんは今日は裏ね」と言ってくれた。
申し訳ない気持ちでいっぱいで、それを謝ると逆に「あんたは悪くないでしょう」叱咤された。
全く以ってその通りである。

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