つまりは変わらないってこと

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「結局は、経路が違うだけで行きつく先は同じなんです」
「俺がまた幸江を殺すようにか」
「そういうことです」

そして私は幸江さんに仲間にされます、と苗字は平然と口にする。
かつて過去と現在が曖昧で、何にも怯えて震えていた苗字名前の姿は、消えていた。

いつかこの村は終わる。
その終わりは、かつてのもしくはいつかの羽生蛇の始まりとなる。

この村はまだ何も知らない。
太陽の色をした髪を持つ少女が現れ、成長した彼女が村に呪いを負わせたことを。
そしてその呪いを解く毎に村が終わり、罪が増えていく。

この事実を知る羽生蛇の人間は皆無だ。
しかしごくわずかの人間だけが自覚し、そして一定数存在するのである。

「あの太陽の子供を殺したところでだめなのですよ。神は偉大ですから」
「だから諦める、か。俺は消極的な人間を雇った覚えはない」
「私に人殺しを続けろというのですか」

彼女がまだ幼い少女を殺す場面は、何度も目撃している。
しかし、少女を殺すたびに、自分たちには理解できない力で、まだ少女が無事である時間軸へ戻ってしまうのだ。
そもそも、時間軸の錯綜に少女の生死が深く関わっている、という憶測から辿り着いた事実である。
錯綜と歪みの原因が同一人物では、どうしようもない。

「まったく、結局は筋書き通りに動かなければならないなんて」
「……村に呪いを負わせる前に、女を殺すのはどうだ」
「……なるほど。私も過去へお供すればいいというわけですか、名案ですね」

いつも通り、いつもの"名案"で話し合いは終わったところで、院長室の扉をノックする音がする。
犀賀が入室を促せば、紅茶ができたという幸江だった。

「あら、苗字さんもいらしていたんですね」
「ええ、まあ」

歯切れの悪い苗字は、若干の渋い顔を浮かべながら紅茶の受け渡しを見守る。
「お仕事ですか?」という問いに「ええ、軽い打ち合わせです」と答えて、瞬く回数が不自然に増える。
都合が悪くなったときの癖だ。
現実で接点がなくとも、何度も繰り返せば分かるモノも分かるようになる。
「小児科行ってきます」と口早に告げて去っていくのを見届けて、幸江はようやくその目に本音の色を宿した。

「一体なにをお話になっていたんですか?」
「打ち合わせと、世間話だ」
「私が先生に殺されるっていう?」
「……冗談が過ぎたな。悪かった」

そう肩に手を置いて、目を見ながら告げれば「もう、しないでくださいね」という。
身体を寄せて抱きしめれば幸江は嬉しそうに笑いを溢す。
そうして、彼女の死角となった机の上からペンを取り、その背中に突き刺した。


「あらら、どうするんですか。彼女以上に都合のいい人間なんていないのに」
「殺したわけじゃない。目が覚めた時、動きにくいように少し血を抜いておくだけだ」
「えげつない。ていうか、あれ、もうそんな時期でしたっけ?」

地面に伏したまま動かない幸江を見下ろしながら、苗字はそう首をかしげる。
たしかに花嫁の御印が来るにはまだ少し早い。
先ほど準備をするように伝えた暗部もそれを理由に苦言を呈していた。
当然である。
印が来ると分かっているのは二人だけであり、それでもまだ数日の猶予があるのだ。

「数日は持つだろう。お前も準備を始めろ」
「はあ。しかし、慣れていても嫌ですね。またあそこへ行くのは」

相手が女子供ならまだしも、と大げさに落胆する。
女で力もなく、銃のような手軽に撃退できる武器を持っているわけでもない。
数度、「私にも銃下さいよ」と懇願され渡したことがあったが、余計に輩を集めただけで意味を成さなかったことがあった。
以来、なにか特別な配給を願いでたことはない。

「幸江さん、今回は面倒くさそう」
「その前に殺してやるさ」
「いやいや、結局は幸江さんに殺されるんですよ。手段や手口は関係ないんです」

前々回は配下の蛾でやられて前回は誰に作らせたのか落とし穴で生き埋めにされました、とげんなり顔で言う。
そういえば蛾の類は嫌いだったなと思い出すのと、突然の閉所嫌いと夜勤をやりたがらなくなった理由に納得がいった。

「お前、幸江を殺そうと思ったことはないのか」
「そんな滅相もない。数秒で復活するなら相手するなら、逃げの一手です」
「こっちでの話だ」

幸江の傷を確認し、抱えながらそう尋ねる。
モルヒネの準備をしていた苗字は尻目でこちらを窺って、「私の役目じゃありません」と言う。

「それに、私が幸江さんを殺して、なにか変なことになったらイヤですし」
「いいじゃないか、それで」

一瞬、なぜ、という顔をする。
しかしすぐ意味に気付いたのか、口がへの字になる。

「いい加減、"ずっと同じ話"というのも飽きるだろう」
「……へえ。じゃあ、アレもそれですか」

そう、殺意に似たなにかを目に宿す。
その日夜勤を担当するはずだった看護婦に代わり、半ば強制的に担当を代えられた夜。
ここは田舎で辺鄙な土地だ、多少わがままではあっても、言うことを聞かない暴漢のような患者もいない。
病院内を支配するのは闇で、それは村の表面よりも一層深かった。
わずかな光を反射させた名前のあの目には、わずかでも、たしかに殺意が宿っていた。

「でも、結局は、なにをしたって、ずっと同じ話なんですよ」

手に持っていたモルヒネは、人を殺すには不十分である。
足元で横たわっていた幸江が小さく呻き声をあげた。

今でも未来でも、同じ答えに辿り着く


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