気付かせるな

恐怖ナビ「気付かせるな」より
※リンク切れ

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中学生のときの話だ。
近所に出ると噂の廃屋があると知って、早帰りの日、少しだけ覗くつもりでいつもの道を途中で曲がった。
オカルトは昔から大好きだったけど悲しいかなオカルト的な体験をしたことはない。
霊感もなくて、そういう体験を一度でも良いからしてみたいとずっと思っていた。
土地勘のない道を、いくつもの角を曲がっていく。
学校からは少し距離があったけど、迷い込むような場所ではない。
知っている大通りと並行した小道にその廃屋はあるはずだった。

もう少しで辿り着くというところで足を止めたのは、視界の端にヘンなものを見つけたからだった。
それは人の形をしていたが全体が灰色をしていて、でも全身タイツや着ぐるみを着ているという感じではない。
一歩一歩、のそりと進んで行き、大通りにいく道へ曲がって姿が見えなくなる。
俺は、まるで足から根っこが生えたみたいに動けなくなっていた。
人っ子一人いない小道。進めば例の廃屋へたどり着ける。
急にこの道がとてつもなく恐ろしく感じて、踵を返して見慣れた街並みまで全速力で走った。


「なあ、昨日、俺ヘンなの見たんだ」

翌日、俺はすぐに友人にそれを報せた。
灰色の人の形をしたものが、街をうろついている。
あのあと、まるでアレがスイッチだったかのように、街中を灰色の人型が歩き回っていた。
いちど前方から歩いてきた人型とすれ違ったが、それには人間のような凹凸はなく、漫画家や志望の人が持っているあの木製の人形のような姿だった。
のそりのそりと歩いて行く様子はとても気味が悪い。

「なんだよ、それ。幻覚じゃねえの」
「ホントだって。あそこにもいるだろ、グランドの真ん中あたり」

そう言って、教室の窓から一望できるグランドにいる人型を指さした。
朝、校門であれを見たのだ。
校舎の影からそれを見ていれば、のそりのそりとまだサッカー部が活動しているグランドへ侵入していく。
そして、グランドの真ん中で部員たちに指示をだしていた顧問にぴったりと張り付いて動かなくなった。
今はもうサッカー部も顧問もいなくなっているが、人型はまるでそこに捕らえられたかのようにそこに突っ立っている。

「なにもいねえじゃん」
「なになに? 幽霊がいるの?」

けれど、俺以外にあの人型が見えている様子の人は誰一人いなかった。
それもそのはずだった。
あんなのがサッカー部がうじゃうじゃいるグランドに入って行けば、何かしら騒ぎが起こるはずだ。
街でだって人型を意識している様子の人達はいなかったし、俺みたいに気味悪がっている人も見なかった。

「おまえ、大丈夫か?」

他にも見えない人がいないかと探し回ったが、本当に誰一人として見えている人はいなかった。
いよいよ話が大きくなって、風紀担当の先生に呼び出され頭を心配される事態になってしまい、俺は口を閉ざさるを得なくなってしまった。


「ヘンなのが見えるって言ってた人だよね?」

しばらくの間、"幽霊が見える人"と有名人になってしまった俺に話しかけてくる人は多かった。
特にリア充なんかが多くって、先輩の女子が面白半分の悲鳴を上げるのに快楽を覚えたものの、同じ話をするにも飽き始めた頃だ。
依然あの人型は見る。校内にもあれが出現し始める始末だ。
サッカー部の顧問にひっついているのもいて、よくよく観察していると、色が少し黒くなっている気がした。

「そうだけど」

たしか隣のクラスの奴だったな、と思い出しながら、素っ気なく返事をする。
「灰色の人型をしたやつを見なかったか?」と尋ねまわったとき、特に興味を示していたやつだったと記憶している。
そういえば、オカルトが大好きでスポットを回りまくっているという噂を聞いたことがある。

「それ、詳しく聞きたいんだけど」

嫌な顔をすれば、手を合わせられながら「頼む、頼む」と連呼され、仕方ないから帰り道、一からすべてを話した。
名前を須田恭也というらしいそいつの噂は本当らしく、オカルトスポットにはしょっちゅう行っているようだ。
が、スポットに辿り着いても結果は俺と同じらしく、なにも体験することなく帰ってくるという。

「実はさ、俺も最近、灰色のを見るんだよ」

話し終わったところで、須田はウキウキとした様子でそう告げた。
人間のシルエットをしていて、灰色でも白に近かったり黒に近かったり、人にあるはずの凹凸のないそれ。
完全に俺の見ていたものと一致していた。誰にも話していない、色の濃淡も。

「サッカー部の顧問とよくいるやつ、色が濃くなってるの気付いた?」

そう尋ねれば、須田はさらに目の色を変えて言った。

「人によって色が変わったりするんだ…」
「"人によって"って?」
「気づいてなかったの? あれ、たぶん人に憑いてるんだよ」


灯台下暗しというのは本当にあるらしく、須田も近所に出る場所があるとは知らなかったという。
いくら検索してもヒットしないから連れて行ってほしいと頼まれ、休日、自転車を使ってその廃屋へ行くことになった。
須田はぼろいママチャリでやって来て、小遣いを溜めて早く新しいのを買うんだ、と意気込んでいた。
すでに買う自転車も決めていて、あの車道を走るマウンテンバイクを買うつもりらしい。
そうすれば遠出でも出費が減るから、活動範囲が増やせると意気揚々に語った。

「なあ、そろそろだよな?」
「この通りのはずなんだけどなぁ」

大通り沿いの小道を延々と走り続け、もう少しで交差点へ出るというところで自転車を止めた。
本来ならすでに廃屋へたどり着いていても不思議はないはずだ。
まったく手入れのされていない雑草だらけの庭、蔦に覆われた木造の平屋。
そういういかにもな廃屋らしいのだが、それらしい建築物はまったく見られなかった。
とりあえず突きあたりまで行って見たがやはり見当たらず、一本間違えたのかもしれないと道を変えてもみたが、廃屋は見つからない。
家に帰ってブックマークをしておいたホームページを覗いてみたが、目次から肝心のそのページが消えてしまっている。

「管理人に聞いてみれば?」
「そうしてみるか」

インフォにあったメルアドに廃屋のページについてのメールを送ったが、帰ってきたのは「そんなページは作っていない」という旨の内容だった。

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