プリン2

頭痛がひどく、歩こうにも足が笑ってしまっていて、階段を登るのにも一苦労だ。
アルコールを摂取しているわけでもないのに、一体全体自分の身体はどうしてしまったんだ
そう思った矢先、先日の名前を思い出した。
――部屋に戻るのにも一苦労でさぁ
インフルエンザを発症した日のことを、名前はそう語っていた。

まさか。

看護師の言いつけを破り、まだ完治していなかった彼女と密会していたのだ。
しかも、彼女が口をつけたプリンも咀嚼した。
感染していても不思議ではない。
発熱とは別の汗を掻きながら、進路を自室から医務室へ変更する。
看護師は自分の顔と状態を見るなり、「お前もか」という顔をした。
交わされる言葉は少ないまま診察が終わり、頭痛薬と咳止めを貰う。
熱が下がって三日は部屋にいること。そう言われて素直に寝込んで、二日が経った。

「はい、コージーコーナーのプリン」
「……いくらした?」
「気にしなくてよろしい」

財布を取ろうとして、名前にベッドに押さえつけられる。
彼女の手には、俺の買ってきたプッチンプリンとは違って値の張りそうなプリンがあった。
青い蓋には『とろけるプリン』と書いてある。どう見ても安物じゃない。

「だけど」
「私が食べたくて勝手に持ってきたんだから、黙って食べんさい」

彼女には、変なトコロで頑固で譲らない節がある。
少しぐらい融通効かせてくれてもいいじゃないか、そう言った日には大戦争だ。
(実際、出先で"可愛げない"とちょっと詰っただけで、公衆の面前でビンタを2,3発くらいかけた事があった)

「うまい」

咀嚼して一言、そうつぶやくと名前は"どうよ"と言いたげな顔でこちらを覗いてくる。
彼女の手にも同じプリンがあり、満足そうな笑みを浮かべながら食べ始めた。
が、そこでそのプリンが自分のものとは異なることに気付く。

「なんだそれ」
「チョコプリンよ」

新しく出たの、と続けるのに、その手元をじっと見つめる。
プリンは黄色いモノ。そう思ってそれを見れば、ギョッとする。
一瞬なんだと思うほどだ。

「なによ」

あまりにも凝視しすぎていたせいか、名前は怪訝そうな顔でそう尋ねてくる。
が、まるで赤子を守るかのようにチョコプリンを隠すもんだから、子供かと内心突っ込んだ。

「俺にもそれ、一口くれよ」
「やだ」
「ケチくさいな」
「…じゃあ、頼人のそれと交換」

彼女が指さした、手元にある黄色のプリン。
頭いかれてんじゃないか、と思った。
すでに自分が口を付けているもので、俺はこいつのプリンを咀嚼してこうなったわけで。
隠す素振りも見せず顔にだせば、名前もほとんど反射的に言い返してきた。

「そのインフル、感染源だれだと思ってんのよ」
「あんた、去年もそんなこと言って風邪うつされてなかったか?」

たしかあれは秋ごろだ。季節の変わり目には風邪も流行る。
そのときも名前がまず風邪に罹り、流行りが落ち着いてきたころにまた名前が風邪をぶり返した。
しかも、「私はいちど罹ったから平気よ」と、まだ完治していなかった友人と清涼飲料水を共有して、だ。

「学習しろ」
「あっそう。ならいいよ、このチョコプリンは全て私のモノだ」
「あっ」

と、早々に残りわずかとなっていたそれを、名前はビールさながらに仰いで頬張ってしまう。
止めに入ろうとするもすでに遅く、彼女はそれを味わうこともなくあっという間に呑みこんで。
本当に子供のような彼女に絶句した。
怒りに近いなにかでこめかみのあたりがピクピクと痙攣する。
が、一方名前はよほどおかしいのか、満面の笑みを浮かべておりそれが殊更癪に障った。

「まあまあ、そんなに怒らないでって」

そうして、机に放置していた袋からまた新しいプリンを出してくる。
とうとうそれにプツリと血管が切れるような音がして、自分よりいくらか小柄な名前に掴みかかった。

「おまえふざけんなよ!」
「ふざけてないよ!」

学生のころは「女には優しくしろ」だのなんだのと言われてきたが、残念ながらここは自衛隊の官舎で、相手は自分とおなじく訓練を受けている筋肉の塊である。
真に守るべきものは弱者であり、それと女は必要十分条件ではないのだ。
しかしここは二階で、下階の隊員のことも考えて取っ組み合いは早々に終わった。
ただし、俺が名前に馬乗りになった状態で、だ。
先ほどとは打って変わって相当不機嫌そうな表情の名前としばらくにらみ合いになる。

「悪かったって」
「なにが」
「チョコプリン全部あげるから」
「だから、な・に・が!」

頬を抓りながらそう強調させて言う。
いひゃい、と涙目になりかけていることなど気にしない。

「学習するから」
「なにを?」
「病原菌に対してもっと危機感持ちマス」

若干棒読みであるものの、珍しく素直に謝ってくるのに違和感を感じ取りながらも解放して。
そして後悔するのはもはや定番と言おうか。
自由になった途端、掴みかかってきて攻守交代。
おまけに床に頭を思いきりぶつけて視界が白むしで、なんでこいつと同じ部屋に居るんだろう、と甚だ疑問に思った。

「おい」
「………」
「重いんだけど」
「ごめんて」

名前はわずかに口角を上げて、そう言った。
どうしたらこいつはもっと可愛げのある女になるんだ
そう抗議すれば、翌日腫れた頬を沖田さんや同期に笑われる破目になった。

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