赤い涙

「あ…竹内教授……」
「苗字、か」

酷い頭痛に襲われて、ガンガンと響く頭を持ち上げた。
遠くからサイレンが聞こえている。
私の推測が正しければ、このサイレンは一日四回鳴る。
辺りの薄暗さから、おそらくは明朝――6時頃だろう。
いったい何が起きたのだ。
記憶を探っていくうち、徐々にそれが戻ってくる。
竹内教授に助手を頼まれ共に羽生蛇村へ来ていたこと。
別行動を取っている最中に地震に襲われ、辺りが一変したこと。
倒しても倒してもゾンビのように立ち上がってくる彼ら――彼らは絶対に蘇ってくること。
そして、最後は持っていた銃口を口に含んだところで終わっていた。

口の中が、鉄の味がする。鼻血の比ではない。
事態が呑み込めず身体を起こすと、胸元から何かが落ちるのが分かった。
ふと見下ろしてみれば白いユリが落ちている。
なぜ白いユリが?
そこで気付いた。私が自殺を決行したのはたしか夕暮。
サイレンこそ鳴っていなかったが、傷の深さを考えると私が復活するタイミングは合っていた。

「すまないな。こんな所に彷徨わせて」

竹内教授はこちらに銃を構えたままの姿勢を取っている。
先ほどまで頭を悩ませていた頭痛はもう感じない。
不思議なぐらいに気分がいいのだ。

「構いませんよ。どうせ私を心配する身内もいません」
「…………」
「教授、こっち側も案外いいもんですよ」

むしろ生きていた時より気分が良い、そう語りかけると教授はいつものしかめっ面をさらに歪ませた。
実際、天涯孤独の身に近い私には、自分の身を心配してくれる人物などいなかった。
幼いころに両親を失って、遠い親戚の間をたらい回しにされた挙げ句、意地らしい叔母夫婦のもとに引き取られた。
――姉さんと義兄さんの保険金が無かったら、あんな子引きとってなんかいないよ
――それに、なんだか怖いぐらいに大人して聞き分けの良い子でね
――親が死んだんだから、少しぐらい泣きじゃくったっていいだろうに
泣かせる余裕なんて、与えてくれなかったくせに。
大人はいいもんだ。子供は馬鹿だと思って、詰めの甘い慰めばかりかけてくる。
親戚中をたらい回しにされる中、幼心に生命の危機を感じていた。
彼らに気に入られなければ私は、そこら辺の道に放置され、みずぼらしい姿を晒しながらいずれ死んでいくのではないか。
――あんた、義兄さんによく似てるね
――聡明そうだけど、実のところはただの馬鹿な男だったよ
――ああ、でもその目は姉さんに似てる
――恨むんならあんたの母さんを恨むんだね、あんな男に引っかかった姉さんを
子供にでもわかるぐらいに、叔母は劣等感を丸出しにしながらそう言った。
学者だった父と、その分野に強い関心を抱いていた母。
数少ない二人の写真を見たが、今見ても父は聡明そうだったし、母は美人だった。
ただ、年齢がちょっとばかり離れているように見えた。
保険金は高かったようだが、その形はいかにもみずぼらしく良い生活をしていたようには見えない。

感謝しろと逐一付け加えてくる叔母たちのあしらい方を覚えた頃、竹内教授に出会った。
教授が父と知り合いだったと言うことを知ったのはごく最近だ。


その目だけがどこか哀愁を帯びているのは気のせいだろう。そう、私の気のせい。
立ち上がると、一瞬のめまいを感じる。
脱水症状の一種の症例だ。
死後でもそんな生理現象を感じるなんて、かなり非現実的。

足元に転がる白いユリは、この赤い世界からかなり逸脱したような存在に見えた。
花弁がラッパのように細長い、綺麗な白いユリだった。
それを手に取り、頭上に掲げる。
そうしてようやく、空に不思議なモノが浮かんでいることに気が付いた。

「本当にすまない」
「だから、良いですって」

教授に目を落とすと、その銃口は私を捕らえていた。
その顔にはしかめっ面が張り付けられたままで、目にはもう哀愁なんてものは宿っていない。
指に力が入るのが見えた。

「教授」

それに思わず微笑んでしまったのは、なぜだろう。

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