片想い1

好意は抱かれて困らないモノだが、度が過ぎればそれも単なる迷惑行為である。


どういうわけだか私に好意を抱いているらしいその男は、東京の職場の後輩だ。
しかし彼は大卒で、中卒で就職した私よりも三つばかり年上である。
なぜ有名大卒の男がこんな無名会社の事務なんかしているんだ、という疑問は当の昔に解決した。
同僚たちの間では「会社の女性にストーキングして左遷、しかし繰り返されるストーキング行為にクビにされた」というのが専ら通説である。

「この間のケーキ、どうでしたか? お口に合いました?」
「まぁ……」
「あれ作ってるシェフ、ヨーロッパで修行してきたんですって。予約は半年待ちなんだそうですって」
「すごいですねぇ……」
「そうそう、休暇はいつまで取ったんですか? 皆さん待ってますよ?」
「そのうち東京に戻りますよ……」

そもそも、なぜこの男がこんなド田舎まで来ているのだろうか。
こいつのストーキングに見兼ねた所長が気を利かせて一ヶ月も休暇をくれたというのに、まったくの無駄ではないか。
せっかく悩みから解放されると思ったのに……。
村でこいつを見かけた時は、膝から崩れる思いだった。

「あー! 苗字さんだ!」

深いため息を吐いたとき、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り向くとやはり、あの弱いくせに酒が大好きな警官だ。
都合が良い。この人になんとかしてもらおう。

「石田さん、お久しぶりです」
「いつもなら一週間ぐらいで東京に戻っちゃうのに、今年はどうかしたんですか?」
「ええ、今年は少し長めにゆっくりしていこうと思って」
「良かったー。毎年あいさつしようと思ったらもう戻っちゃってるから、今年はもうだめかと思った」

石田さんとは酒好きの父と仲が良く、よく家で一緒に飲んでいた。
だから顔見知りというか、朝に居間へ行ったら父と雑魚寝という光景は多々あった。
帰省してからもそういうことはあったけれど、結局、石田さんが私の顔を見ることはなく。
こうしてちゃんと起きてしっかりしている時に話すのは数年ぶりだった。
炎天下どころか男も気にせず会話を進めていくと、さすがに痺れを切らした男が割り込んでくる。

「と、ところで、あ、あなたは?」
「僕ですか? ご覧の通り、羽生蛇村で警官をしている者です。そういうあなたは? "名前さん"の知り合いですか?」

私の名前を強調していう彼に、男は見るからに狼狽えていた。
そういえば情報通の友人から「名前の男っ気がないトコも気に入ったらしいよ」というのを聞いた覚えがある。
たしかに職場は女性ばかりだし男性とは仕事でさえ話す機会が少ない。
恋愛体験もろくにしたことないから、そう見えても仕方がなかっただろう。
だから、石田さんと親しいコトにはかなり衝撃であるはずだ。
男の私を見る目は、驚愕と絶望の色が強い。

「そうだ名前さん、御母さんが探してましたよ」
「え? マジ?」
「急な用だそうなので、送って行きます。良いですよね?」

男は曖昧な返事をし、石田さんから睨まれると黙りこくった。
それに乗じて私も「では」と言ってその場を去った。

しばらく歩くと木陰にパトカーがあり、それに乗り込んで発進させられるのを待った。
が、一向に発進させられる気配がなく、石田さんを見ると明らかな不満顔で座っていた。
「石田さん?」と呼びかけてみると「さっきの人は誰?」と聞いてきた。
その問いに少し驚いたが、それで母に呼ばれているというのが嘘だと分かった。
助けてくれたのだ、と安堵の息を吐くも、あいつのことはわざわざ石田さんに言うことだろうかと思う。
どうしようか言いよどんでいると、石田さんはより一層不満そうな顔をした。

「今日の朝から、屯所の電話が鳴りっぱなしだったんだよ。"名前ちゃんを探してる不審な男がいる"って」
「…………」

家はまだ特定していないとしても、その事実だけで頭痛がする。
思わず頭を押さえて呻いた。

「で、お母さんの所に名前ちゃんと結婚を前提に付き合ってる彼氏だって名乗る男が来たんだって」
「ハ?!」
「普通、結婚を前提に付き合ってたら、一緒に帰ってくるよねぇ?」

その話に声が裏返り、唖然とした。一瞬視界が白んだ気がする。
私があいつと"付き合っている"? しかも"結婚を前提"に?
そんな非現実、お前の頭の中で十分だ!

「やっぱり」と納得する石田さんに、思わず男のことを全て打ち明けた。
職場の後輩でなぜか気に入られたこと、ストーカーされていること、どうしてかこの村まで突止められたこと。

「なんで俺に相談してくれなかったの?」
「だって、石田さんには迷惑かけられないし…」
「俺だって警官なんだから」
「でも……」

東京でも警察に届け出たことがあったが、「こっちは忙しいんだ」と一蹴させられた。
ショックだったが、それもそうだとも思った。
羽生蛇村でだって事件は起きる。
まったく関係のない土地で相談したって、解決しないのではとも思ったのだ。

「俺、そんなに頼りないかなぁ……」

車をゆっくりと発進させながら、石田さんはぼやいた。
彼の顔をみると、どことなく悲しそうだった。


やがて実家に到着すると、門前には母親が待っていた。
男の件で心配していたらしい。
石田さんにお礼を言い、彼は仕事に戻っていった。

「ご近所さんから電話で"見かけない男が名前の家を探してる"って聞いてねぇ、石田さんもそれを聞きつけて家まで来てくれたのよ」
「ごめん、あいつのことを話しておかなくて…」
「その話はあとで聞くから良いわ。まさかこの村まで来るなんて思わなかったんでしょ?」
「うん…」
「相手ができたらできたで報告するだろうしねぇ」
「…いなくてスンマセンね」

家に入り、テレビをつけようとしたときだった。
背後で母が「そういえば」と付け足した。

「石田さんとはどうなの?」
「どうなのって?」
「だから、コレよ」

すっ、と小指を出す母に、間をおいてそれを折った。

「お父さん、石田さんなら許すって言ってるのに!」
「だからなんで石田さんとになるの?!」
「私だって石田さんが一番いいと思うのにー!」

ギャーギャー騒ぐ母を台所に追いやって、私はそそくさと部屋に逃げ込んだ。
母も(良い意味で)しつこい性格だが、さすがに部屋にまでは追ってこない。
一人娘なせいなのか、父もそうだが母も昔から私の色恋沙汰には関心が強かった。
しかし未だに恋人ゼロとなると、さすがにそれが重荷になる。

「恋人か…」

ため息交じりにそうつぶやいた。
今回で撃退は出来たと思うが、"恋人"ができればさらなる追い打ちとなるかもしれない。
では相手は? ――職場の男はあり得ない。――しかし他に出会いはない。
そう考えたとき、さっき母に言われた石田さんが脳裏に浮かんだ。
それに連動してか、石田さんと一緒に恋人らしく過ごしている"妄想"も脳裏に浮かぶ。

顔が火照る気がした。

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