私にできること

「苗字、帰らないの?」

顔をあげると、たった数か月にしてオカルトオタクという地位を築き上げているクラスメイトがいた。
なんとなく彼の顔を見るのが気まずく、視線を逸らすと「また視線反らした」と言われる。
気付かれてたのか、と思って、曖昧に笑って誤魔化す。

「今日、親の帰りが遅いから」
「へー。オレの親ってば、オレの夏休みに親だけで旅行に行くんだ」

酷いと思わない? と同意を求められて、それに頷いた。
本当に、酷い親だと思う。

「それでオレ、その間にオカルトスポットに行こうと思ってるんだけど、苗字は来る?」

突然の問いに、心臓が一瞬止まりかけた。
オカルトスポット。心霊スポットと呼ばなかったのは、なにか意図があるのだろう。
私もオカルトには興味があったから、彼の話にはある程度ついていけた。
たぶんそれで仲良くなったんだと思う。表現に語弊はあるけれど。

「……たぶん、無理だと思う。行きたいけど」
「だよな。苗字は女の子だし」

何かあったら、苗字の父親に殺されるだろうな
須田は、そうあっけらかんに笑いながら言う。
もし私を連れて行ったとして何かに私が巻き込まれたら、須田はどうなるだろうか。
きっと、父に殺されかけるよりもずっとずっと酷い仕打ちを受ける。
だけどそれは私を連れて行こうと行かないと変わらない。
彼のすることは、あいつらにとってそれほどのことだったから。
――ただ、彼がそれを"仕打ち"と理解していないのが報いだ。

「そこ、どんな所なの?」

そんな事を私が聞くのは、愚問だった。
どんな所かだなんて、嫌でも知ってる。
自然と古い木造の家ばかりの村で、若い人はすごく少ない。
ネットではオカルトサイトなんかに乗っているような村。

止めるべきなのかな。
羽生蛇村について嬉々とした顔で語っている須田を見ながら、そう思った。
でも、どうやって止めればいいのか分からなかった。
須田は一人でもそこへ行く。
私を誘った時点ですでに、それは彼の中で決定事項なのだ。

「そこ、本当に行って大丈夫なの?」
「さぁ」

肩を竦める須田に、能天気すぎると思った。
何本も電車とバスを乗り継いで、それが無くなったら愛車の出番だ。
必死こいて貯めたお金で買ったというマウンテンバイク。
それがパンクして、泣く泣く捨てることになるのに。

夜になるといつも思い出した。
時が経つに連れ、辺りはバケモノに浸食されていく。
赤い雨が降り続いていて、遠くからはサイレンが聞こえて、最期の方はそれを聞くたび頭痛がした。
たぶん、終わりが近かったんだと思う。
いつも記憶は曖昧に終わって、目覚めると焦燥感と不安に押しつぶされそうになった。

これは今すぐ起こることじゃない。
けれど近い将来に必ず起こる。

まだ須田に出会ってすらいないのに、須田の顔をはっきり覚えていた。
ミヤコという少女の顔もだ。ミヤコが羽生蛇村でのキーパーソンだった。
夜になるとその記憶が呼び起されて、気付くと朝を迎えている。
夢を見ているんだ。
そう言い聞かせながら、入学式で須田の顔を見た時、どれほど泣き崩れそうになったことか。
親密になればどうなるかなんて、容易に想像できたのに。

この今を、別の私が夢で見てるとしたら。その私はどうするのか考えた。
必死に須田を止めに掛かるかもしれない。
須田に着いて行って、巻き込まれるのを阻止するかもしれない。
またその私を別の私が夢で見て、今の私では全く考えられない行動を取るかもしれない。
模索を続けて、続けて、続けて、いつか須田と羽生蛇村が交錯しない時が来るのだろう。
けれどその時、羽生蛇村はどうなるのだろうか。
ミヤコは? あの赤い服を着た女は? バケモノになってしまった村人たちは?
身近な須田ひとりを助けて、遠くにいる多くの村人たちを見捨てることになる。

今日が終業式の日もあって、5時を過ぎた学校には部活の人以外、誰もいなくなっていた。

「じゃあ、また夏休み明けに」
「うん。羽生蛇村に行った感想聞かせてね」

感想なんて期待はしていない。
聞いた所でそれは私も体験している話だし、帰って来れたとして彼はそれを語れるほど正常な状態にいれるのだろうか。
何事もなく無事帰ってくるという可能性もあるけれど、どうにもそれは信じがたかった。
須田がこっち側に帰りたいって思えるようなアクションがあればいいのにと思う。
少なくとも、終始一貫してそう思えるようなことが。
ひとつ、それを思いついたけれど、もう今の私にできることはなかった。

振り返ると、須田はまだ別れた場所で私を見送っていた。
須田らしいな、と思った。
小さく手を振るとそれに気づいたようで、彼も同じように手を振り返してくれた。

そのひとつの可能性に、いつ自分が手を出すのだろう。
きっと、"ぜったい成功するわけない"と言って逃げ続けるに決まってる。
夜、目を閉じれば広がるのはいつも羽生蛇村の光景だ。
須田の隣で、いっしょに逃げ続ける夢。
きょうや――
心の内でそう呼びかけても、重なるのはミヤコの声だった。

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