赤い雨

300℃の熱でも死滅せず、増殖する一方の細胞。

赤く染まっていく白のブラウスを眺めながら、ふと思った。
彼らはどんなに倒しても襲い掛かってくる。
最初こそ、ゾンビのように脳幹さえ破壊してしまえばそこで終わりだと思っていた。
しかし彼らはどうにか再生してまた襲い掛かってくる。
首を切って倒したはずの警官は、その背に虫の羽のような翼を携え現れたのだ。
他にも四つん這いになり頭に触覚を生やした者、ありえない体制ですばやく動き襲い掛かってくる者。
遠巻きに、異形の頭をした者も見た。
夢を見ているのだと思ったが、それにしては記憶や感覚器は鮮明としている。
その上、さきほど打撃を受けた肩が「これは現実だぞ」と言うようにいまだに鈍痛を訴えている。

竹内教授がいまどこにいるのか考えた。
金魚のフンである安野が邪魔さえしていなければ、おそらく無事であろう。
安野もこの緊急事態でまで彼の指示や命令を聞かないほど馬鹿ではないはずだ。
彼には、事前にこの村が彼自身の故郷であることを伝えられていた。
私はすこし驚いたもののなんとも思わなかったが、村の風習や過去を知るうちに彼の独特なそれに納得がいった。
彼には、その独特な学説で興味を抱いていた。
私自身、いろんな教授や博士の学説を読んでいたわけではない。
ただ初めて読んだ彼のそれに、なにかが心の中で蠢いたのだ。

数か月前、バラエティ番組で聞いた「赤い雨」。
東南アジアの一部で、数か月に渡りふり続いたという。
粉塵が混ざってその色になったという節が、調査によりそれが"血液"であると覆された。
竜巻で上空に飛ばされた魚の血液であるという節もあった。
(事実、同様に調査したところ魚類の血液であった地域もあった)
しかし、数か月にもわたって降り続くほどの量の血液が、上空に停滞しているのは科学的にもあり得なかった。

そして、その血液は"地球外生命体のモノである"という節が浮上してきた。

赤い雨から抽出された褐色の物質(赤色の原因だ)は、細胞とよく似た形をしていた。
否、その物質および粒子の形は、地球上では生物の細胞以外では考えられない形だった。
ではどの生物の細胞なのか。
答えは、該当なし。
なぜか。
それにはDNAというものが存在しなかった。
最初の雨が降ってから数年後、それもごく最近、同時期に地球へ飛来してきた隕石に、同じ形の細胞らしきものが見つかった。

そしてその細胞は、恐ろしい事に、300℃の熱で熱し続けても、死滅せずむしろ活発に増殖していった。

それなら彼らが復活してくるのも頷ける。
最大の弱みの一つである火が効かないのだ。
一瞬、ひとつの廃屋にゾンビをありったけ集め、燃やしてやろうと思っていたのに。
警官とは別の羽を携えたゾンビからはぎ取った拳銃を確かめた。
弾の数は残り一発だけ。
ためしに安全装置を外したそれの銃口を口に含んでみると、仄かに鉄の味が口内に広がる。
親指にかけている引き金を引けば、あっという間に目の前は暗闇だ。
幼いころ、死んだあとはどこへ行くの、と両親に訪ねたことがあった。
両親ははぐらかしたが、キリシタンの親を持つ友人は「自殺は一番罪が重い」と言っていた。

罪などどうでもいい。
神だって、あってないような存在だ。
この村の宗教には水蛭子の面影がある。
醜い姿を理由に捨てられた水蛭子。
その蛭子に水死体という別名があるのだから面白い。
両親に捨てられ、泉にたどり着いた蛭子。
信者にすら忘れされられた蛭子は、いまどこにいるのだろうか。
拳銃の角を撫で、安全装置が外れているのを確認する。
目を瞑り、力いっぱい引き金を引いた。

意識が急に遠退く寸前、私の名を呼ぶ男の声が聞こえた。

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