きっと勘違い

昼寝の最中や明朝に、はっきりとした夢を見て目覚めることが多かった。
それはだいたい私のいる場所の近くで、自転車に乗っていたり、辺りを友達と歩いていたり、会話だってする。
夢の中の行動は実際に起きていることと錯覚するぐらいリアルで、会話の内容もちゃんと覚えている。

あるとき、友達と話しているときに冗談で夢での会話を持ち出したことがあった。
―名前には言ってなかったけど私、好きな人がいるの
―それってもしかして、林田のこと?
そのときの凍りついた友達の顔と言ったら、忘れることはできない。
あとで聞いた話、友達はその日にクラスメイトと大喧嘩をしたらしい。
友達と夢でした会話は、私ではなくまったく違う人物との会話であることを察した。
それ以来、夢でみたことは人に話さないようにしていた。


「それは白昼夢じゃないですか」
「白昼夢…?」
「現実味を帯びた夢、といえば通じますかね」

そのほとんどが空想であることが多いのですが、と付け加えられる。
空想にしてはあまりに現実味を帯びすぎている気がするけど。

「先生、それが当たる事ってあるんですか?」
「空想ですから、当たったとしても偶然の一致じゃないかと」
「そうですか…」
「当たったことがあるんですか?」

仮にそれが空想だとして、その夢がまるで本当にあったことみたいな痕跡を見ることは多い。
たとえば、それがなにかを食べている夢だと、必ずそれは冷蔵庫や家にあるもので、起きるとそれの残骸がある。
ポストに手紙を入れたり、自転車で転んだり、お風呂に入っていたり。
偶然の一致にしては状況が似ているし、幽体離脱でもしているんじゃないか、とも思えてくる。

「えぇ、まぁ、なんというか…」
「とりあえず、弱めの睡眠薬を処方しておきます」
「はい」

酒との併用は必ず避けることを念押しに伝えられ、宮田医院をあとにする。
忘れ物カゴから持ってきた自分のペンを眺めながら、数か月前の出来事を思い返した。
夕暮、不用心にもバス停で居眠りをしてしまい、案の定、宮田の言う"白昼夢"を見てしまった。

暗く薄汚れた廊下を歩いている"夢"。
やがて、いくつもの檻が佇んでいる廊下にたどり着いた。
そのうちの一つの檻の前に立つと、灯りの無いそこには人間がいた。
"元々は人間だったもの"と言った方が正しかったかもしれない。
ソレの残した手帳には「私はおかしくない」と狂ったように書かれていた。
ふと、"その視界の持ち主"は壁にかけられた、割れた鏡を向いた。
ひび割れたせいで持ち主の姿は幾重も映っていた。
私が貸したままにしていたペンを胸ポケットに入れた彼が。


 ***


「宮田先生、この病院ってどのくらい広いんですか?」
「知ってても言えないな」
「えー」

どうせ答えなど当てにしていなかっただろうに。
帰り際そんな質問を投げかけてきた苗字は、自分の答えに不貞腐れた真似をした。
定期健診で、軽い睡眠障害が発覚したり、相談してくる村人は多い。
しかし、それが睡眠障害などではないことを知っている人間は、少ない。
それを分かっていて報告してこない人間もいる。
定期健診でそれを訴えた苗字の語り口は、少なからずこれを「夢ではない」と勘付いていた。
いっそこのまま自分の意志で、手に掛けてしまおうか。
そんな考えが頭をかすめる。

「地下牢なんか、あったりして」
「ふざけるんじゃない」

不敵に笑う苗字のその言葉に、一瞬言葉が詰まる。
聞きたくない台詞だった。そう思いながら一蹴する。

「あれ。今回は睡眠薬、ないんですか?」
「あぁ、服用しても効果はなかったんだろ」
「じゃあ一生こんな夢と付き合っていかなきゃならないんですか」

あーやだやだと不満を漏らす苗字に、その"夢"の正体を言ってやりたかった。
それがどんなもので、どうして見るのか。
それが、自身にどう影響するか。
きっと勘違いだ。そう自分を言い聞かせられたら、どれだけ楽だったろうか。
苗字を見送ったあと、神代家から届いた文書を引き出しから取り出す。
儀式の準備は整った。

定期診断で"睡眠障害"が発覚した人間は、手紙で神代家に届けるようになっている。
その名前の一覧には、とうぜん苗字の名が乗っていた。
ランクは、深刻。彼女は影を見てしまったのだから。
帰ってくる返事は分かっている。
彼女の夢が、彼女の勘違いであったならばよかったのに。
そう思いながら、教会に向かった。

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