ドロドロ

自衛隊といえば男社会。
いくら幼いころから身体を鍛えていても、大学も体育学科に進んで努力しても、男と女とでは基本的な能力からそもそも違ってくる。
そりゃぁ男は筋肉つけるために産まれてきたような体格しているくせに、女といえば体格も身長も小さい上に、いらない脂肪まで付いてくる。
全身鏡を見れば、他のやつらに比べて丸い腰や胸の凹凸が目立つ。
これでも世間一般の女性の中では小ぶりだって言われるし、腹筋やその他の筋肉も女性とは思えないのは理解できる、けどいらないモノはいらない。
走れば仲間の背中を追いかける破目になるし、運べる量も奴らが軽々としている横を息を荒げながら運んでいる。

憂鬱。劣等感。
優越感など感じたこともない。
なにもできない自分に吐き気がする。私ができないことを軽々こなす同僚が羨ましい。
同窓会で「相変わらずすごいね」と言われるこの身体は、ここではただの役に立たない木偶の棒だ。


「苗字、初の出動はどうだった?」
「…………」
「そんな怖い顔しないの。失敗なんてしてないんだから」

失敗。その言葉が心臓に刺さった。
失敗なんてしてない。そう、してない。
だって、生きてる人なんて、ほとんどいなかったんだから。
いたのは女の子一人だけ。
土砂崩れから三日目、土砂に巻き込まれてぐちゃぐちゃになった村を、泣きながら歩いているのを私が見つけた。
泥だらけで、体中に傷があって、少し衰弱していた。

女の子は、「お母さん」とつぶやいた。
何が起きたかは分からないが、この土砂崩れで、この子だけは瓦礫の山から逃れられた。
そう、奇跡的に。
土砂崩れが起きたのは夜中だ、きっと両親も近くにいたはずだ。

「私たちが来たから、もう大丈夫。お母さんとお父さん、どこにいるか分かる?」

この言葉が無神経だったと知ったのは、しばらく経った後だった。
女の子はそのまま泣き崩れてしまって。
三佐に任せたあとずっと探し続けたが、一週間経っても生存者はその子一人だけだった。

「こういうことばかり、というわけじゃないよ。でも、こういうこともある」

たまたま。たまたま、私の初出動が絶望的だっただけ。
そんなに重く受け止めなくても大丈夫。
沖田さんはそう慰めてくれたけど、精神的ショックは大きかった。


それから不思議なモノを見るようになった。
視界の隅を、白いフワフワしたものが掠めるのだ。
当然、それを追ってもそこには何もない。
初出動があれだっただけに、ちょっと気がおかしくなったんじゃないかと思う。
いきなり救護室に駆け込むの気が引けて、沖田さんに相談した。

「あの村の人達の魂じゃない? ほら、苗字ちゃんはとりわけ真剣に探してたから」

時間帯が悪かったのかもしれない。
アルコールの入った沖田さんは、ケラケラと笑いながらそう言い切った。

「でも、そういう人は多いよ」
「やっぱり…」
「二つの意味でね」
「うっ」

私みたいに初めてが絶望的で、それが続いて精神的におかしくなってしまう人。
助けたいという想いが強すぎる故に、そこを付け込まれて連れてきてしまう人。

「とりあえず、両方に掛かってみたらどうかな。医者とお祓い」
「どっちにも掛かりません!」

だめだ。
この人、お酒でいろいろとおかしくなってる。
(いつもおかしいのはこの際無視だ)

沖田さんの部屋を後にし、渡り廊下へ向かうためのT字路を曲がった。
が、曲がろうとしたとき、視界の端をフワフワが通り過ぎる。
それにビックリして「うわっ」と叫びながら退いた。
そのフワフワの先――男性寮に向かうための廊下――に、三佐がいた。

なにをしているんだろう。

そう思った矢先、三佐の足元にあの女の子が現れた。
急に現れた。
さっきまではいなかったのに。
顔だけがぼんやりと暗くなっていて、その表情はうかがえない。
全身の鳥肌が立った。

あの女の子は、身寄りもなく施設に引き取られた。
こことは遠く離れた施設だ。
周りに他の大人がいる様子はないし、そもそもこんな時間にいるわけがない。
女の子がくることがあれば、掲示板なりなんなり一報届いているはずだ。

女の子はしばらく三佐の足元をウロウロしたあと、気付けばまたいなくなっていた。
――あの村、オカルトサイトで噂の村の位置に近いみたいだよ
夏だというのに、胸の辺りが氷みたいに冷たい。
三佐がこちらを向いたような気がして、急いでその場を後にした。

[ 表紙に戻る ]
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -