きみとキスする夢を見た

乱立したビル群のそばにある、芝生の公園。
小さな池や手入れのされた花壇もあり、都会だというのに家族連れの来訪者も多い。

その中に、見慣れた同僚がいた。
ラブストーリーなんて虫唾が走る、という迷言で有名な名前だった。
職場以外ではめったに笑わない名前が、幼い頃の自分によく似た幼児を連れて笑っている。
患者に見せるような笑みじゃない。
患者が家族に見せる笑みだった。

司郎。
名前がそう言って、耳を疑った。
幼児もよくみれば、彼女にも似ている気がした。
名前。と呼びかけると、笑顔でなにかと尋ねてくる。
愛してると告げると、彼女は満面の笑みでうなずいた。
そうして顔を唇が触れるところまで持ってきたあと、彼女も愛してると告げた。



突然、落下する感覚に陥り、頭を上げた。
そこはいつもの院長室で、目の前の机にはシワの寄ったカルテが錯乱している。
しばらく呆然としたあと、先ほどの出来事は夢だったと気づいた。
それでもまだ頭が混乱していた。
なぜただの部下との、あんな夢を見たのか。

「宮田先生、お疲れですか?」

突如、背後から声が聞こえ、肩を震わせた。
振り向けば名前が飄々とした態度でコーヒーを口にしている。
ここに来ると勝手にコーヒーを飲んでいくのはいつものことだ。
ミルクを入れるか、ミルクがない時は角砂糖を二つ。
何もなければそのまま飲んでいく。

「この時期になると学校の健康診断もありますからね」

少子化なのが救いですわ、とつぶやきながら、最後のコーヒーを飲み干した。
看護師にはだいたい2パターンの人間がいる。
心から穏やかに優しく接する人格の優れた人間か、患者には笑顔を見せるが素となると問題のある性格を持った二面性のある人間だ。
表の顔は笑顔を振りまくナースの鑑、裏の顔は個人主義で融通が利かない女。
後者のパターンである名前は、恋愛に関して無頓着、というより毛嫌いしていた。
映画だって「虫唾が走る」と言って見ようともしない。

「苗字、次の非番はいつだ?」
「休診日はいつも非番ですよー」
「映画の無料券があるんだが…」

無料券には興味を示したが、券に記されている映画の題名を見て、あからさまに嫌そうな顔をする。
「恋愛モノじゃないですか」と退くその顔は、まさに"こんなモノに休日を使えるか"という顔だった。

「二枚ある」
「はあ」
「美奈とは都合がつかなくてな」
「…へえ」

名前の顔が引きつる。
返される言葉は概ね予想できた。

「忙しいと言っても、どうせ寝てるかできもしない料理の考案だろ?」
「私にくださるというのでしたら、他の同僚を当たってください」
「お前ぐらいしかやる奴がいない」
「じゃあ友人にでも転売しときますね」
「あ、おい」

奪うように無料券を受け取り、大きな音を立てて院長室の扉を閉めていった。
彼女はどうしてあそこまで色恋沙汰を嫌うのか。
前から少し気になっていた疑問だが、聞いても不機嫌な顔でまた迷言を発信するに決まっている。
それに。
夢のことも話してみようかと思ったが、彼女の嫌いそうな展開だった。
話しても殺されそうだ。
そう思って、カルテのシワを伸ばした。

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