8.

「視界が常人の半分以下だね」

眼帯を取ったその日、精密検査を終えたあとそんなことを言われた。
久し振りに見る光が痛く、それ以外では特に問題はないと思っていた矢先のことだった。

「えっと、それは怪我でですか?」
「"進行具合"からそれよりも前からかな。よく何かに躓いたり、落としたものを探すのに時間がかかったりしなかった?」

ていうか、躓いて怪我したしね
そう付け加えられたけれど、何と返せばいいのか分からなかった。
つまるところ、言っている意味がよく分からなかった。

「夜盲とかはある?」
「…自覚はないです」
「お母さんの失明は病気?」
「……違います」
「そう」

先生はしばらく考え込んだ後、「じゃあ精神的なアレかもなぁ」と呟いた。
精神的、心の問題。
――この目が悪い
――月子もいつか分かる
母さんの言葉は、耳元で囁かれているかと思うぐらい、はっきりと覚えている。
思い返せば、母さんは失明したことを嘆くようなことを言ったことはない。
"マットレスの歪みが怖い"と言ったのは、崖に柵が施されていないのに不安を覚えるのと同じだ。

個性なんてなくなればいい。
今まで、なんどそう思った事か。
個性さえなければこんなに悩むことなんてなかったし、家庭環境だってもっとマシだったはずだ。

「放置すれば、失明する可能性がある。でも心因性なら回復の余地はあるから」

いちど大きな病院に行って、そこで検査を受けた方がいいかもしれない
そう言って、都市の方にある大学附属病院の紹介状を渡され、待合室に戻った。
そこにはおばさんがいて、心配そうな顔を浮かべている。
先生に言われたことを短く伝えると、なにかに詰まったような顔をして。

「おばさんは悪くないよ」

ポツリと、小声でそう呟いた。




「やあ」

検査入院をしても、"視野狭窄"の原因は分からなかった。
おそらく心因性だろう、ここの先生はそう結論付けて、クリニックとはまた別の精神科医の先生に会った。
私はもとの視野を取り戻したいと思う気持ちはなくて、むしろ失明しても何ら困ることはない
そう告げれば先生は困った顔をして、頑なに"治療"を拒んでいれば次の患者がいるからと渋々出て行った。

それからどれくらい経ったのか、ぼんやり窓の外を見ていれば、部屋の入口辺りから誰かが声を発した。
何気なしにそれに振り向けば、そこには懐かしい雄英の制服を着た心操が立っていて。
思わず固まった。
なぜここに心操がいるのだ。
たしかにそろそろ面会可能な時刻だけれど、私は面会謝絶にしたはずで。
そもそも学校にだって、私が入院したことは伏せておくようにお願いしたはずなのに。

「三週間ぶり?」
「なんでいるの」
「おばさんから聞いた」

おばさんから聞いた? そんなはず――

「まさか」
「ごめん、全然会ってくれないからさ」

心操の話は、いちどおばさんにしたことがある。
でもあの優しいおばさんだ。
たとえ知らない顔の相手でも、困った顔をして近づかれれば笑顔で応えるはずだ。
腹の底から煮え立つ思いに、手に力がこもる。

「なんの用」

顔を戻して、絞り出すような声でそう尋ねた。

「こっち向けよ」

心操が、ぽつりとそう言った。
こいつは何を言ってるのだろうか。
私の個性を知っている上で、"あえて"私の嫌がることをして。
自殺願望でも抱いているのだろうか。そうでなければただのバカだ。
嫌。心の内でそう答えて、唇をかむ。

「古屋が誘拐されたの、俺のせいなんだよ」

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