6.

深い霧に包まれながら、行く当てもなく歩いていた。
どこに向かっているのかも分からない。
ただ、時折聞こえてくる声が、私を呼ぶのだ。
白くて一寸先も見えず、足元もおぼつかない。
転んで足元を見ても何も見えない。

――月子

女性か男性か、分からないけれどとても穏やかな声。
それに導かれるように、聞こえた方向にむかって歩く。
腕や足には、なんども転んでできた擦り傷がたくさんあった。
転んだ拍子に肩や膝や腰――いろんなところを打った。
それでも声の主になんとかたどり着こうと、焦っていた。

――月子

なにか言いたげな声が響く。
こんどはどこからその声が聞こえてきたか分からなかった。
それに思わず足を止めてしまえば、不意に霧が消えた。
いや、何も見えなくなった。
真っ暗で、さきほどまで感じていた、何かに包まれているような感覚も消える。
だれか。
そう叫んでも、声が出ているかどうかも危うかった。
だれか助けて。お願い、だれか。
何度も叫んでも、暗闇が消えることも、白い霧が現れることもなかった。



「月子が学校を休むなんて珍しい」

母さんは開口一番そんなことを言う。
朝食を作りながら、今日は学校に行かないと告げた。
理由は告げなかったが、母さんはそこについては聞いて来なかった。

「学校のあとに頼もうと思ってたんだけど、あとでマットレスを直してもらっても良い? 歪んじゃってて、転びそうで怖いの」
「分かった」

母さんの寝室に入れば、監房かと思うぐらい何もなかった。
あるのはベッドに部屋備え付けのタンス、机とパソコン。
そしてベッドの枕元にあるデスク上の時計に目が付いた。
父さんの送ってきた、視覚に障害のある人向けに作られたという針時計。
表面を覆っているガラスが外すことができて、指で直接針に触れることで現在時刻を知れるのだ。
針はとても強く固定されていて、そう簡単には回すことができないようになっている。
それを手に取ろうとした時、足になにかが引っかかった。

「あ、」

それほど障害になるような物ではなかった、と思う。
ただ、マットレスの歪みに気が付かなかった。
咄嗟に足を出そうとしたけれどこんがらがってしまって、手をかける場所もなかった。
デスクの角にぶつかりそうになって、せめてもの防御か、それとも脊椎反射か、強く目をつぶった。

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