3.

「おはよう、心操」

朝、降車駅で心操を見つけた。
へーあいつもこの駅使ってるんだなあ、と。
なんとなく気まずかったけれど声をかけた。
心操は心操で驚いたような顔をして、それでも「おはよう」と返してくれて。

「この前はごめん」
「あぁ、あれ? いいよ気にしてないし」
「嘘つけ」
「バレた?」

わりと小さい事引きずるタイプでしょ、そう適当に言えば、うんと頷いてくる。
そもそも気にしていなかったら"この前"ですぐ通じる訳がないのだ。
つい鼻で笑ってしまった矢先、ガツとつま先がなにかに引っかかって、前のめりになる。

「おい大丈夫か」
「あ、うん」

すぐに足を出せば転倒は回避できた。
が、転びそうになったのがそんなに驚いたのか、心操に腕を強く引っ張られて。
バランスを取り戻して、立ち止まると、心操は眉を顰めながらそう尋ねてくる。

「なんか、最近こういうの多いんだよね」
「…転びそうになるのが?」
「うん」

目線を落として、一見なんの弊害もない道を見る。
本当に小さな段差ですぐ躓くことが多くなった気がする。
気でもおかしくなったのかな、そう自嘲して進もうとした。
したけれど、私の腕を掴んだままの心操は動かなくて。
振り向けばそこには眉を顰めたままの心操がいた。
じっと見つめられるのに思わず視線を外す。

「おまえ、なんでそうすぐ目、逸らすの?」

――なんか感じ悪くない?
低くそう言う心操の声に、トイレでのことがフラッシュバックする。
人と目を合わせるのが怖い――でも、それを理解してくれる人はいない。

「あんたには関係ない」

心操の手を振り払い、背を向ける。
――この目が悪い
いつしか母さんが言っていた台詞だ。
いつも大きなサングラスをしていて、外出するときは必ず杖を持ち歩く。
なぜ。どうして。そんな私の問いに、母さんは「月子もいつか分かるよ」とだけ答えた。

「関係ないってのはないだろ」

歩き始めたものの斜め後ろから心操の声が聞こえて、足を速めても声は遠のかなかった。

「あの時からだろ、おまえが目ぇ見て話さなくなったの」
「……」
「悪かったって。だから…」
「うるさいな、話しかけないでよ!」

振り向かず、そう叫んで走る。
お互い、暗にヴィランみたいだと言われることは常だった。
実際そうだったから私たちはなにも言い返せなかったし、私はそれが更に我慢ならなかった。
いまだ個性のメカニズムが解明されていないものの、個性は遺伝して、物理的にそれを確認することができるということは分かっている。
容姿に個性が現れる父さんと違って、母さんは個性を視認できるタイプではなかった。
ただ、"個性持ち"の証明として、母さんの足の小指は関節がなかった。
そして、小学生になっても父さんの個性の特徴が現れなかった私も。

実際、母さんの個性だろうという証拠はあった。
喧嘩になった友達が体調不良で数日休むのは当たり前。
無個性と私をいじめてきた子たち全員が、足や腕を折るような大怪我をしてきたこともあった。
私が誘拐されて戻って来てからは、周りの人達が私に話しかけてくるのは大事な用があるときだけになって。
卒業式の日、母さんが私の目を潰そうとした。
周りの大人が止めに入ったことで大事には至らなかったが、母さんは一言「この目が悪いの」と。

そうして、母さんが通っていた精神クリニックの先生が、初めて私に個性のことをきちんと話してくれた。
母さんの個性は"邪視"というもので、かの"発光する赤子"が産まれてくるよりずっと前から文献に登場していたものだ、と。
邪視というのは、悪意をもって相手を見るだけで害を与えることができ、ときに死に至らしめることもある。
それを知り、どこかで聞いたヴィランの定義を思い出した。
『"悪意をもって"個性を使う者』
先生は苦い顔をして「それとこれとは違う」と否定した。
だけど、母さんは後天的に、そして物理的に視力を失っている。
なぜ? どうして?
そう尋ねる私に、母さんはこういった。

月子もいつか分かるよ

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